SSブログ

タワーのある風景 [詩・歌]

           

続きを読む


紫陽花の歌 [詩・歌]

    

     アジサイは、日本原産の植物だと言われています。

     現在、日本にある植物の中には、中国原産のものもよく見られます。
     しかし、アジサイは古い時代に日本から中国へ輸出されたのだそうです。

      上の GIFアニメは、So-net blog のサーバーに送れるサイズを、
      かなり超過したため、HPに保存した画像を表示しています。
      ですから、いつも以上に重くなってしまっているかも知れません。
      もし、その為に重かった方は、何卒ご容赦下さい <m(_ _)m> 

      

     昔から日本にあったと言うアジサイですが、万葉集に二首の歌が載っているだけで、
     平安時代以降は、殆ど歌に詠まれることもなかったと言います。

     その理由としては、アジサイの「色が変る」というイメージが「心変り」や「変節」
     という事と結び付けられてしまったためと考えられています。

     現在各地にある、「あじさい寺」などのアジサイの名所は、第二次大戦後になって
     ようやく観光地として取り上げられるようになったそうです。

     それは、戦後になって、それまでの「忠義」という概念が重んじられる軍国主義的
     な価値観の呪縛から、人々が解き放たれたためなのかも知れません。

     

         言問はぬ木すらあじさゐ諸弟(もろと)等が
         練(ね)りのむらとにあざむかえけり  

          大伴家持(おおとものやかもち) 万葉集 巻四 776(773)


         あじさゐの八重咲くごとく八つ代に
          をいませ我が背子(せこ)見つつ偲(しの)はむ

          橘諸兄(たちばなのもろえ) 万葉集 巻二十 4472(4448)

     万葉集のこれらの歌は、手元にある「岩波 日本古典文学大系」版と「角川文庫」版
          とを見ても、どちらの歌の意味も、あまりよく解りません。
     
     特に、大伴家持の歌は中に出てくる「諸弟」の意味も不詳で、岩波版では何かの
     植物ではないかと言い、角川版では人名だろうと言い、定説はないようです。
     その他「練り」も「むらと」も、意味がはっきりとは解っていません。

     ただ、この前後に載せられている一連の歌は、大伴家持が離れて暮らす妻に向け
     詠んだ歌ですが、それを読むと、どうも二人の仲は、こじれていたようです。
     この歌でも、「欺かれた」と言っていますが、他にも「いくら恋しいと言っても、
     私は信じない」とか、「私は夢にでも会いたいのに、あなたにその気がないから、
     夢にも出て来てくれない」などと、妻への不信感を詠っています。
     ですから、ここに出てくるアジサイも、心変わりを象徴するものと見てよいように
     思います。


     次の橘諸兄の歌も、アジサイが八重に咲くというあたりがよく解りません…。
     当時のアジサイは、ガクアジサイやヤマアジサイで、現在の普通に見られるアジサイ
     に比べ、目立たない花だった筈です。それでも、小さな花が次々と咲くので、その
     様子を八重と言ったのかも知れません。
     どちらにしても、この歌の方では、「アジサイが八重に咲くように、家が八代までも
     栄えるように」という意味の事を詠んでいる歌である事は間違いないようです。

     同じ花でも、随分違う例えられ方をするものです…。

      

     現在は、ヨーロッパで品種改良をされたアジサイも、園芸用に出回って
     いますす。
     これは、かつて中国に渡った日本のアジサイが、さらにヨーロッパに渡っ
     たものだといいます。

     ヨーロッパでは、日本とは反対に、色が変化することが喜ばれたようです。
 

        

              アジサイ 紫陽花 ユキノシタ科 アジサイ属

    最初のGIFアニメは、この写真を元に作りました。


この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。