星めぐりの歌 [宮沢賢治]
星めぐりの歌
宮沢賢治
あかいめだまのさそり
ひろげた鷲のつばさ
あをいめだまの小いぬ
ひかりのへびのとぐろ
オリオンは高くうたひ
つゆとしもとをおとす
アンドロメダのくもは
さかなのくちのかたち
大ぐまのあしをきたに
五つのばしたところ
小熊のひたひのうへは
そらのめぐりのめあて
「星めぐりの歌」は、宮沢賢治の作詞・作曲による歌曲です。
但し、賢治の自筆に依る楽譜は存在しておらず、現在遺されている譜面は、賢治の親友で音楽教師であった、藤原嘉藤治の採譜によるものです。
この「歌」、及び「曲」のイメージは、賢治の作品中に度々、登場して来ます。
最初にこの歌詞が使われたと思われる作品は、童話「双子の星」です。
「チュンセ童子、それでは支度をしませう。」
「ポウセ童子、それでは支度をしませう。」
二人はお宮にのぼり、向き合ってきちんと座り銀笛をとりあげました。
丁度あちこちで星めぐりの歌がはじまりました。
「あかいめだまの さそり
ひろげた鷲の つばさ
あおいめだまの 小いぬ、
ひかりのへびの とぐろ。
オリオンは高く うたひ
つゆとしもとを おとす、
アンドロメダの くもは
さかなのくちの かたち。
大ぐまのあしを きたに
五つのばした ところ。
小熊のひたひの うへは
そらのめぐりの めあて。」
双子のお星様たちは笛を吹きはじめました。
夜空の星座に、「ふたご座」がありますが、星座の双子はカストルとポルックスと言う名のギリシャ神話の登場人物です。
賢治の「双子の星」には、実際の「ふたご座」の存在が、意識にあった可能性はあると思いますが、登場する双子の星は、チュンセ童子とポウセ童子と言う名前で、内容的にもギリシャ神話との関連性はありません。
また、「銀河鉄道の夜」の中にも、「星めぐりの口笛」として、その曲のイメージが何度も登場して来ます。
「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云ひながら、まるではね上りたいくらゐ愉快になって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛を吹きながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きはめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。
すきとほった硝子のやうな笛が鳴って汽車はしづかに動き出し、カムパネルラもさびしさうに星めぐりの口笛を吹きました。
尚、歌曲として作られた「星めぐりの歌」は、6行2連ですが、「双子の星」の中では4行3連となっています。
曲は、童話が書かれた後に付けられたようですが、何故6行2連となったかは、不明とのことです。
ただ、それについては、賢治の教え子の沢里武治による、「拍子は四分の二拍子で六行二連だった」という証言があり、作曲の時点での変更があったと思われます。
また、曲調に関しても、作中の歌の雰囲気から、スローなテンポを想定する研究者もいるようですが、少なくとも賢治が農学校の生徒たちに伝えたイメージは、少し軽快な曲想だったと考えられます。
「銀河鉄道の夜」からの引用は、それぞれ別の場面ですが、高揚した感じのジョバンニの吹く口笛と、寂しげな雰囲気のカムパネルラの口笛とでは、自ずから曲調が変わっていても、いいのかも知れないとも思います。
ところで、この歌の中には、数々の星座が描かれています。
それは、実際に夜空に見える星座なのですが、この歌の星々のイメージには、賢治の創作が含まれているようです。
先ず、「あかいめだまのさそり」は、「さそり座」のことと思われ、その主星(星座の中で一番明るく輝いて見える星)である「アンタレス」は、確かに赤い星ですが、星座での位置は、目玉ではなく蠍の心臓にあたります。
「ひろげた鷲のつばさ」 これは「わし座」で、確かに翼を広げて飛んでいる姿です。ちなみに、この星の主星のアルタイルは、七夕の彦星にあたります。
「あをいめだまの小いぬ」 「こいぬ座」は、確かに存在しますが、主星のプロキオンは黄色っぽい星で、目玉ではなく胸の辺りです。間近にある「おおいぬ座」の主星であるシリウスは青い星ですが、これも犬の口にあたります。因みに、上の二つの星座は、夏の夜に見えますが、こいぬ座とおおいぬ座は冬の星座ですから、これはあるひとつの季節の星空を歌った歌ではないことが分かります。
「ひかりのへびのとぐろ」 「へび座」は、「へびつかい座」と重なり合うように構成された星座ですが、星座の蛇は蛇使いに捕まえられた姿になっていて、とぐろを巻いてはいません。
「オリオンは高くうたひ つゆとしもとをおとす」 「オリオン座」は、冬の空に高く昇って来ます。
「つゆとしもとをおとす」については、賢治の独特の表現として、「銀河鉄道の夜」の「ケンタウル祭の夜」に、「ケンタウルス、露をふらせ」と叫ぶ、祭りに高揚した子供たちの姿が描かれています。
「アンドロメダのくもは さかなのくちのかたち」 「アンドロメダの雲」とは、環状星雲の「アンドロメダ星雲」を指しています。また、童話「土神と狐」の中に、「環状星雲」を指して、「魚口星雲(フィッシュマウスネビュラ)」という表現がなされています。しかし、天文学的に「フィッシュマウスネビュラ」と言う言葉が、実際に使われているかどうか、少し調べては見たのですが、よく分かりませんでした・・・
「大ぐまのあしをきたに 五つのばしたところ
小熊のひたひのうへは そらのめぐりのめあて」 「おおぐま座」の一部にあたる「北斗七星」の、柄杓の端の二つの星の間の長さの五つ分を、北に向かって延ばすと、北極星を見付けることが出来ます。
ただ、星座の上では、北斗七星の柄杓は、大熊の尻尾から胴体の辺りになりますし、こぐま座の主星である北極星は、小熊の額ではなく、尻尾の先端にあたる部分に輝いています。
取り敢えず、現実の星座と、賢治の歌に描かれた星々との違いを比べて見ました。
でもそれは、批判をするためではなく、賢治の表現の素晴らしさを、改めて確認するためです。
天体写真家の藤井旭さんも、その著書「賢治の見た星空」の中で、おおぐま座とこぐま座の、実際の星の構成に触れられた後で、次のように書かれています。
しかし、ギリシャ神話ふうなそんな絵姿にこと細かにこだわらなければ、実際の星空での見え方のイメージとしては、「星めぐりの歌」のようで一向にかまわず、むしろ素直な見方とさえ思えてくるだろう。
ちなみに、上の文章に書いた星座の中での星の位置等については、38年前の1975年に購入した、「透視版 星座アルバム」(誠文堂新光社・1973年第3版発行)で、改めて確認をしましたが、その本の著者もまた、藤井旭さんです。
実は、この歌には、賢治が作曲した曲の他に、賢治の歌詞に、別の人が曲を付けたものが存在すると言うことです。
僕はまだ、それを聞いたことはないのですが、音楽の授業の副教材等に採用されている例もあるとのことです。
ですから、今日のこの記事で、賢治の「星めぐりの歌」の歌詞を読まれた方が、「知っている歌だ」と思われた場合でも、実は曲は別ものだったと言うことも有り得ます。
そのため、1996年5月刊行の「[新]校本 宮澤賢治全集 第六巻」から、「星めぐりの歌」の(その時点での)最新の情報によって校訂された楽譜を、引用させて頂くことにしました。
昨年の11月に、このブログに宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」についての記事を書いた時に、「宮沢賢治」というオリジナルカテゴリーを作ってしまったので、次はいつか「春と修羅」か「星めぐりの歌」の記事を書こうと決めていました。
ところが、「春と修羅」について、書きかけのまま滞っているうちに、数か月前に観ていたテレビドラマの中で、「星めぐりの歌」が、ふいに聞こえて来ました。
NHKの朝ドラ(連続テレビ小説)「あまちゃん」の劇伴として、主人公アキとお祖父ちゃんとの、ちょっとしんみりした場面で流れて来る、歌詞のない器楽曲でしたが、何故か耳に付いて離れなくなってしまいました。
この曲が入っていることを知って、最近購入したCD「あまちゃん オリジナル・サウンドトラック」での大友良英さんのライナーノートによると、音楽デザインの方のアイデアによって取り上げた曲で、「主旋律はトランペット」、「キラキラした」音色はグロッケンだと言うことです。
この曲は、ドラマの後半では色々な場面で流れて来ますが、ネットの情報に依ると、視聴者の内14%が「星めぐりの歌」が使われていることに気付いていたとのことです。尤も、何を根拠にしての数字なのかは、よく分かりませんが・・・
思いがけず耳に入って来た、今までに聞いた中でも、殊更に心地の良いアレンジでの「星めぐりの歌」を聞いてしまったので、「春と修羅」の記事は、先送りにして、「星めぐりの歌」を先に記事にすることにしました。
ところで、昨晩(十月十九日)は、仲秋の名月でした。
テレビのニュースで、気象予報士のお姉さんが、「本当の満月になるのは、20時13分です」と説明をしてくれたので、昨晩の20時13分に上の写真を撮りました。
また、その前の夜空の写真は、20時13分になるのを待つ間に撮った星空です。
元々、街中の星の見え難い場所である上に、満月の光に照らされた空では、北斗七星の柄杓の柄の部分が僅かに写ったのみでした。
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本当は、この記事は昨日更新する予定で書いていました。
ソネットのエラーが心配なので、いつも途中で何度か、「下書きに保存する」の設定で、保存をしています。
昨晩も、二回「保存」をしたのですが、二回目が「エラー」なってしまい、そのまま残りの部分を書き上げて、「保存」をしようとした時、「記事本文をご入力ください。」というメッセージが現れました・・・勿論、本文記事は書いていましたし、写真も入っていましたが・・・
やがて、書き終えた筈の記事自体が、すべてが消えてしまっていた事に気が付きました・・・
取り敢えずは、最初に保存した時の状態までは、未だ残っていたので、すべてを書き直さずには済みましたが、元々引用文の多い記事だったので、一度片づけた本をもう一度出して来たりする手間も掛かるため、昨晩の更新は諦めました。
これからは、長い文章の記事を書く場合は、やはりメモ帳を開いて、下書きをすべきだったと、少し反省をしました・・・多分、システムの問題もあるのでしょうが、予期せぬエラーはコンピュータには付き物でしょうから・・・
参考図書
お星さまがきれいな季節になってきましたね。
中秋の名月も、本当に美しかった。
あまちゃんのサントラは、まだ買ってないのですが、星めぐりの歌を試聴してみました。
あ〜!印象的なラッパの曲〜!と^^
by ゴーパ1号 (2013-09-21 09:21)
おはようございます。
名月は、綺麗に見えましたね。もちろん撮りました♪十三夜も楽しみです。
こちら田舎の方でも、今の時期北斗七星は見難いです。
by 枝動 (2013-09-21 09:56)
こんにちは^^
albireoさんの頭はどんなになっているのでしょうね~色々お詳しい。
宮沢賢治はほとんど関心がないせいか、全然分からないのですが、星空もまた分からないです。
見ると美しいと言うだけ(--ゞ でも家からはほとんど何にも見えないです。せいぜい金星、木星かな~《わたくしが目が悪いこともありますねーー
記事の書き直しは辛いですね。わたくしの場合は最初の記事よりグッと短くなってしまいます(__;
by mimimomo (2013-09-21 10:36)
この話の流れで「あまちゃん」が出てくるとは思いませんでした^^;。
(観ていませんが、タイトルくらいは知っています)
中秋の名月、キレイでしたね。私も写真を撮ろうとしましたが、
私のコンデジでは、とてもムリだったので、あきらめました^^;。
by sakamono (2013-09-21 21:47)
コンデジでもこんなにうつくしく撮れるんですね。
イチガンでもまともに撮れたことがないです・・^^;
「星めぐりの歌」も知りませんでしたが、YOUTUBEで聴いてみました。
migaさんという方のボーカルバージョンが気に入りました。
ソネに限らずWebアプリは経過が記録されないので仕方がないですね。
(お気持ちとてもよくわかります)
書き込みが一瞬で終われば頻繁に途中保存するんですけどね・・
by ぜふ (2013-09-22 08:32)
星めぐりの歌を聴いてきました。
銀河鉄道の夜の中にも登場していたのですね。
気付かずに読みながしてしまい、初めて知った有様です。
星座に関して全く疎いものですから、むしろ
藤井旭さんの、「ギリシャ神話~~」という言葉が納得がいって、印象的でした。
by きまじめさん (2013-09-23 23:19)
事情があってSo-netに詩(&音楽)ブログを開設したので、
ハンドルネームが変わってしまいました。
ichiiです。
星と月の写真すばらしいですね。
読みながら、この写真(最後の2枚)はどうされたのだろう?と、
気になっていましたら、
ご自身の撮影と知り、感動してしまいました。
曲リンクがなかったので、
私の知っているメロディーは正式なものなのか、
自分の記憶に疑問を抱いてしまいましたが、
時間がある時に確認してみます。^^
by bun-ta (2013-09-28 12:34)