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さくらの歌 [季節]

   久方のひかりのどけき春の日に
              しづ心なく花のちるらむ

                                  紀 友則
                         古今和歌集 巻2(春歌下)84

桜の美しさは、散る姿にこそあるのでしょうか。

こんなに穏やかな春の日に、何故にこんなにも忙しなく花は散って行くのだろう

そんな嘆きにも似た友則の歌に、はらはらと散って行く桜の、その散る姿の美しさへの賛美すら僕は感じます。

 

 

     世中にたえてさくらのなかりせば
          春の心はのどけからまし

                   在原業平
                    古今和歌集 巻1(春歌上)53

桜さえなければ、忙しなく散り急ぐこの花さえなければ、春はどんなにか穏やかで、ゆったりとした季節だろうか・・・

業平のこの歌もまた、散り行く桜への想いの熱さを歌っているように思えます。

けれど、僕はこの歌を読むと、同時に何か切ないほどの焦燥感のようなものも感じます。



 

花びらの中を、ゆったりと泳ぐカルガモ。

散り行く花へ、複雑な想いを抱くのは人間だけなのかも知れません。

 

 

            月やあらぬ春や昔の春ならぬ
                  わが身ひとつはもとの身にして

                                      在原業平
                                         古今和歌集  巻15(恋歌五)747

 

業平のこの歌は、過ぎ去った春を共に過ごして、去って行ったひとへの恋の歌です。

この歌には、「桜」という言葉も「花」という言葉もありません。

けれど、「春」を歌ったこの歌に、僕は桜の気配を感じます。
そして、前に挙げた歌以上の焦燥感が、この歌には歌い込まれているように思います。
それは、ひとり取り残されてしまったという想いによる孤独感から来るものかも知れません。

勿論、本当のところは、自分だけが変化の相から切り離されて、変わらずにいることなどは有り得ないことです。

それでも人は、時にそんな孤独感や疎外感を感じるものかも知れません。

 

 

     月よ
     この夜を照らす
     あかい月よ

     春よ
     穏やかに
     過ぎて行く
     夢の季節よ

     すべては移ろい
     流れ去って行く
     懐かしいあの日も
     君の笑顔も
     もう二度と
     戻っては来ない
     
     それなのに僕は
     今もこうして
     ここにいる

     あの時のままの
     変わらない心で
     過ぎた春を想い
     優しかった君を想い
     僕はここにいる

     散り行く花びらの中
     取り残されたように
     僕はひとりここにいる

 

上の詩は、業平の「月やあらぬ・・・」の歌を、僕が現代語に意訳しようとした結果です・・・。

僅か三十一文字に、想いのすべてを凝縮した和歌に対して、僕がその想いを今の言葉で書こうとしたら、こんなに大量の言葉数になってしまいました・・・。

平安時代の優れた歌人と比較するのもおこがましいことですが、古い日本語の表現力と、和歌という文芸の持つ力とを感じました。
そして、自分の表現力のなさをも思い知らされました・・・。

 

東京都内や千葉県北部の辺りでは、もう染井吉野は散ってしまいました。
でも、里桜系の桜や八重桜は、まだあちこちで咲いています。

今回の記事の最後の2枚の写真は、数年前に見て以来、とても好きになった「八重紅枝垂」です。
この花は、もう暫くはあちこちで、可憐な花を見せてくれそうな気がしています。


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コメント 15

おはようございます^^
現代人は忙しすぎて、桜の散りゆくさまを忙しないと感じる暇もなさそう・・・
でも春って心が騒ぎますね・・・桜のなせる業・・・?
by (2007-04-17 05:35) 

uminokajin

上田三四二さんの現代の名歌があります。
 ちる花はかずかぎりなしことごとく光をひきて谷にゆくかも
by uminokajin (2007-04-17 07:46) 

Silvermac

若い頃の「春」と年をとってからの「春」は少し違います。散る花に無情を感じます。
by Silvermac (2007-04-17 08:18) 

sakamono

聞いたことのある歌ですが、意味までちゃんと知りませんでした。焦燥感を感じるところは、なんとなく分かる気がします。もっとも言われてみて、初めて気づくような感じですが...年を重ねたコトにも理由はあるかも。
by sakamono (2007-04-17 12:47) 

Gotton Factory

久方の~好きな和歌です。なんか言葉のリズムが好きなんです。
そしてalbireoさんの現代語訳いいですね。なんか短い映画を見た気分になりました。
by Gotton Factory (2007-04-17 18:53) 

良いですねーさくらの歌特集!!写真も美しいです!!業平現代語訳版も素敵ですよ!!やっぱり短歌って型の中に短いたくさんの思いをつめているんですね。
albireoさんの記事そのものが芸術という感じがします。
随筆では、兼好「(月は隈なきを、)花は盛りをのみ見るものかは」もありますね。
by (2007-04-17 19:19) 

penpen

久しぶりにお邪魔して、albireoさんのお写真や文章、現代語訳にしっとりと落ち着いた気持ちになれました。つぐみの撮りかた、参考にさせていただきます。
by penpen (2007-04-17 22:17) 

さねさし

私が撮りたいと願うような写真を ほんとに素敵にお撮りになって しかも大好きな友則と業平の和歌をとりあげられて なおかつ 現代詩に 翻訳される 才能の豊かさに圧倒されるばかりです 理恵子さまのコメントにありますように 私も芸術という思いが致します 
by さねさし (2007-04-18 23:20) 

さねさし

ナイスをいただきありがとうございました
by さねさし (2007-04-18 23:22) 

kei果

おはようございます。
春を告げるウグイスも桜の近くから鳴き声が聞こえています。
ウグイスは、控え目なお花の色が好きなんでしょうか。^^
それではー
by kei果 (2007-04-20 07:26) 

konkon

ご無沙汰しておりました。
albireo さんも風邪で苦しまれたようですが、私も体調を崩してました。
それがようやく回復したら、今度はパソコンがアウト。
ダブルアウトで、albireo さんのところへも長らくお訪ねできないでおりました。
やっと体もパソコンも回復しましたので、久しぶりに寄らせて頂きました。
夢見るような花たちの写真、鳥たちの写真、優しい詩、そして興味深い記事の数々を、今ずっと遡って見せてもらって、とても幸せな気分です。
私もまた少しずつブログ更新していきたいと思ってますので、お暇な折には覗いてみてください
by konkon (2007-04-20 14:28) 

春分

最初のは古今集でしたか。私には百人一首の歌ですね。
桜と言えば、「願はくは 花の下にて 春死なむ」を思い出します。
昨夜接した訃報に、またそんなことを思ってしまいました。
どれもとてもきれいな写真ですね。言うまでもないことでしょうけど。
by 春分 (2007-04-20 17:44) 

gillman

桜は日本人の
心の奥底まで染透っているのですね
by gillman (2007-04-20 17:49) 

紀友則の歌は、僕も大好きです。
どのお写真も綺麗なのですが、なかでも2枚目がとても素敵です。
桜の花は、散った後まで美しいですね。
by (2007-04-21 20:22) 

albireo さんの詩を読んでから、桜を見たら(今日の雨でもう見おさめかな~?)、そうでなくても儚い感じのする花が、切なく見えてしまいそう~。
春は、なんだかため息多いデス。
by (2007-04-22 23:32) 

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