SSブログ

受胎告知 レオナルド・ダ・ヴィンチ -天才の実像  1 [展覧会]

 

上野の、東京国立博物館で開催中の「レオナルド・ダ・ヴィンチ-天才の実像-」を、観に行って来ました。

 

この展覧会の主要展示品は、何と言ってもレオナルドの絵画「受胎告知」です。
東博での、最近の企画展は殆どの場合、最も新しい建物である「平成館」で開催されます。

しかし、今回は展示が二つの会場に分かれていて、第一会場は本館第五室で、ここに「受胎告知」が展示されています。

第二会場は平成館で「レオナルド・ダ・ヴィンチ-天才の実像-」の展示となっています。

 

                    

「受胎告知」は、イタリアのウフィツィ美術館の所蔵品で、今回の日本での公開に際して、最初に配布された展覧会の告知用チラシには、「館外初公開!」とされていました。
しかし実際には、第二次世界大戦以前に、パリとミラノで公開されていたということです。
そして、この事実は今回の日本での公開に際して、改めて分かったことだと言います。

 

そう言えば、僕は以前こんな話を聞いたことがあります。
かつてフィレンツェを支配していたメディチ家の、最後の女性当主が、様々な文化財を次のフィレンツェの支配者となる市民に託すに当り、「これらの宝物を、一切この町から出してはならない」と告げたと・・・。
もしかすると、そうした伝承が、このような誤解を生んだのかも知れないと、僕はふとそう思いました。

 

縦98センチ、横217センチのこの絵画は、レオナルドがほぼ単独で描いた初期の作品とされています。

この作品の特徴は、細部まで綿密に描かれた天使の足下の花々、また衣服のドレープ(襞)の質感。
そして、ルネッサンス期の遠近法の採用など、様々な見所に溢れています。

しかし、その素晴らしさは、やはり現物を見て頂かなくては、説明のしようもありません。

 

             

 
六か月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに遣わされたのである。そのおとめの名はマリアといった。
天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。すると、天使は言った。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」マリアは天使に言った。「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」天使は答えた。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。神にできないことは何一つない。」マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」そこで、天使は去って行った。 

                日本聖書協会 新共同訳聖書 新約聖書 「ルカによる福音書」 1.26-38

以上が、新約聖書に描かれた、「受胎告知」の場面の全文です。

新約聖書には、イエスの伝記を記した四つの福音書が含まれていますが、マリアへの「受胎告知」の場面が書き記されているのは、「ルカによる福音書」だけです。

それでも、「受胎告知」は、西欧の古典的な絵画には数多く描かれ、主要な画題の一つとなっています。

「受胎告知」を描く絵画で、大天使ガブリエルは白い百合の花を手にしていることが多いようです。
この白百合は、女性の純潔を示す象徴として描かれていますが、上に引用した聖書の文章には、そうした記述はまったくありません。

尚、「あなたの親類のエリサベト」が、身ごもった男の子は、後にイエスに洗礼を施すことになる、「洗礼者ヨハネ」です。

           

この絵の中で、マリアは書見台の前に座って、書物を読んでいます。
これも、正典としての聖書には何も記されていませんが、この書物は旧約聖書の「イザヤ書」であるとされています。
そこには、このように書かれています。

  見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み
  その名をインマヌエルと呼ぶ。

    日本聖書協会 新共同訳聖書 旧約聖書 「イザヤ書」7.14

インマヌエルとは、「神われらと共に」という意味で、救世主を指しているそうです。

それはつまり、旧約聖書に書かれた預言が、ここに成就することを意味しています。

聖書には「正典」として編纂されたものの他に、多くの「外典」や「偽典」とされる文献があります。
これらの文献の中には、参考資料として、存在を許されたものもありますが、例えば「ユダの福音書」のように、その存在を抹殺されてしまった文献も、多数含まれています。

面白いことに、聖母マリアに関する記述は、何故かむしろ外典に多く描かれているようです。

また、13世紀のドミニコ会士で、ジェノバの大司教となったヤコブス・デ・ウォラギネがまとめた「黄金伝説」と呼ばれる聖人伝を集成した書物があります。

聖母マリアに関する記述は、ここにも詳細に書かれており、聖母マリアを描いた絵画作品には、かなりの影響を与えているようです。

西洋美術に隠された、様々な寓意や象徴。それは、異邦人には容易く理解できることではないのかも知れません。しかし、今回のような特別な機会をきっかけにして、そうしたことを色々と調べてみるのも、なかなか楽しいものです。

 

ところで、僕はレオナルドの「受胎告知」に描かれたものの中で、大天使ガブリエルの背中の翼に目を惹かれました。

レオナルドは、自然界の様々な事象に就いても、相当に鋭く観察していたようです。

まだ若い頃とは言え、レオナルドは恐らく、実際の鳥の翼に関して、様々な観察を行ったのではないかと思います。

 

さて、今回の展示に就いてですが、会期が長いせいか、今のところ土日でも思ったほどは、混雑していません。

但し、警戒はとても厳重で、金属探知機によるチェックや、所持品のチェックも、相当に厳しく実施されています。

その代わり、「受胎告知」の展示室の隣にある「寄贈者顕彰室」に、通常展示してある寄贈品を取り払って、沢山のコインロッカー(後から、100円コインが返却されるので、実質無料)が、置かれていますので、所持品はそこに預けて、身軽な状態で展観されることをお奨めします。

そして、本当に興味のある方は、是非早い機会に、観に行かれることを、併せてお奨めします。

次回、またはその次の記事で、第二会場の展示に就いて、多分ご紹介するつもりでおります。 

参考URL

       東京国立博物館

  

 参考図書

中型聖書 旧約続編つき - 新共同訳

中型聖書 旧約続編つき - 新共同訳

  • 作者: 共同訳聖書実行委員会
  • 出版社/メーカー: 日本聖書協会
  • 発売日: 1996/01
  • メディア: ハードカバー

 

新約聖書外典

新約聖書外典

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1997/12
  • メディア: 文庫

 

黄金伝説 1

黄金伝説 1

  • 作者: ヤコブス・デ・ウォラギネ
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2006/05/10
  • メディア: 単行本
  • 平凡社ライブラリー 全4巻

 

原典 ユダの福音書

原典 ユダの福音書

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 日経ナショナルジオグラフィック社
  • 発売日: 2006/06/02
  • メディア: 単行本

 

聖母マリアの美術

聖母マリアの美術

  • 作者: 諸川 春樹, 利倉 隆
  • 出版社/メーカー: 美術出版社
  • 発売日: 1998/07
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 

『レオナルド・ダ・ヴインチ -天才の実像-』
 展覧会 図録

 

 


nice!(14)  コメント(13)  トラックバック(3) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 14

コメント 13

おはようございます^^
随分色々お調べになったのですね。確かに絵を見る『鑑賞眼』とでも言ったらいいのか、濃厚なものになるでしょうね。
albireoさんは本当に勉強家でいらっしゃる。少しは見習わなくちゃvv
by (2007-04-08 05:11) 

Silvermac

実物を見たいものです。
by Silvermac (2007-04-08 06:40) 

マイケル

見に行きたいです。
by マイケル (2007-04-08 07:24) 

春分

見たいとは思いました。
でも、たぶんむちゃくちゃ混んでいるだろうと、少し恐れをなします。
albireoさんもそこは予想したでしょうに出かけるとは、たいしたものです。
NHKの新日曜美術館でも天使の翼のことは取り上げていましたね。
by 春分 (2007-04-08 08:07) 

sakamono

いつもながら、すばらしい記事です。昔もらった聖書を持っているのですが、読もうと思いつつ、そのままになっています。こういったコトにも興味はあるのですが^^;。テレビ番組で、この絵が紹介されているのを見たことがあります。実物を見ると、また違うのでしょうね。
by sakamono (2007-04-08 09:24) 

TBありがとうございました。
僕もこの展覧会は、込まないうちに是非行きたいと思っています。
レオナルドの大天使ガブリエルの翼は、仰るように実際の鳥を観察したもののようです。フラ・アンジェリコの描く様式化された天使の翼とは異なり、猛々しくかつ生々しい翼になっています。
それにしましても、レオナルドの天使と同じようなアングルで、鳥の翼を撮影されるとは、流石はalbireoさんです!しかも、ハッとするくらい美しい写真です!
第二会場の記事も楽しみにしております。
by (2007-04-08 20:44) 

はてみ

1枚目の写真を見て思ったのですが、東京国立博物館の建物って
屋根がなんとなく和風ですね?違うかな。
>西洋美術に隠された、様々な寓意や象徴
こういったことは翻訳小説の仕事をしていると気になることでありまして、
きっと何か訳があるのだろうと思いつつわからないままなことが多く、
たまに由来がわかったりするととても嬉しいものです。
by はてみ (2007-04-08 21:28) 

mippimama

ダ・ヴィンチ展へ行かれたのですね〜
先日、TVで受胎告知の描写法を細部にわたり説明された番組をみて
是非 実際に観賞したいと思っておりました
by mippimama (2007-04-10 10:44) 

さねさし

mippimama さまと同じ 私も行きたくなっておりました 4月15日までだと お庭も公開されているようですのでそれまでに行きたいのですが 忙しくて
お庭は諦め 後日 藤原行成書の「白氏詩巻」も一緒にみたいと思っております
それにいたしましても ほんとうに 博学でいらしゃって感心いたします また いろいろと見に行くためのお心遣いにありがたく思いました
by さねさし (2007-04-10 21:05) 

dino-tail

おひさしぶりです!
自分のblogも放置中ですが、「ダ・ヴィンチ展」はずーっと気になっていたので…。
ダ・ヴィンチ展、私も行きたくてウズウズしていますが、上の子たちにはぜひ見せてやりたいという気持ちと、きっと混雑しているだろうなぁ~という思いとで、まだ行けていませんでした。
でも、albireo さんの記事を見て、勉強にもなりましたし、ますます行きたい気持ちが強くなりました。
絶対に行きます!本当にいつも良い情報をありがとうございますm(_ _)m
by dino-tail (2007-04-11 12:00) 

Gotton Factory

いいですねえ。会期中に何か東京に行く用事ができないかしら。
by Gotton Factory (2007-04-11 15:41) 

sera

あっ~まだ見に行ってない(^_^;)
春休みは終わって、もうそれほど込んでないでしょう、、

ユリカモメの写真、翼に光が当たって、きれい~
by sera (2007-04-12 20:35) 

albireo さん、こんばんは
ようやく、僕もこの展覧会に行くことが出来ました。
レオナルドの「受胎告知」、予想以上に素晴らしく感動しました。
第二会場の展示も思った以上に楽しめました。
TBさせていただきますので、よろしくお願いいたします。
by (2007-05-13 22:05) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 3

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。