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芽の輪 [祭礼・行事]

ある程度大きな神社では、六月三十日に「夏越祓(なごしのはらい)」という神事が執り行われることがあります。

この時期には、神社の拝殿前などに、茅萱(ちがや)を束ねて作った大きな「()の輪」が置かれる事もあり、「茅の輪くぐり」をすることが出来ます。

―写真は、東京の「神田明神」の「茅の輪」です―

 

「茅の輪」を、8の字を描くようにしてくぐり抜けると、夏の疫病などから身を守るご利益があると言われています。

くぐり方に就いては、たいてい「茅の輪」の脇に、説明書きが付いていますので、初めての方でも、それを読めばすぐに分かると思います。

また、神社によりますが、小さな「茅の輪」をお守りとして、出しているところもあります

 

                   チガヤ 茅・茅萱  イネ科 チガヤ属

「茅の輪」は、この「チガヤ」の葉を束ねて作るのだそうです。

「チガヤ」は「ツバナ」ともいいます。上の写真では既に花が終わり、綿毛のようになっていますが、まだ若い花穂は噛むと甘く、昔の子供たちはおやつ代わりに噛んでいました。

 

                   京都 八坂神社 (2003年7月撮影)

 

この「茅の輪」の由来に就いては、次のような伝説が残されています。

昔、「牛頭天王(ごずてんのう)」という神さまが、旅の途中に日が暮れたので宿を借りようとして、巨端(こたん)長者の家を訪れました。しかし、金持ちの巨端は宿を貸すのを惜しみ、冷たく拒絶したのです。
仕方なくこの家を立ち去るとき、牛頭天王は巨端の一族を滅ぼすことを、固く心に決めたのでした。

というのも、この牛頭天王は、実は恐ろしい疫病をもたらす神様だったからです。

牛頭天王が、次に訪れたのは、蘇民将来(そみんしょうらい)という貧しい人の家でした。
みすぼらしい家だからと、一旦は宿泊を断った蘇民将来でしたが、結局は宿を貸し、貧しいなりに心をこめてもてなしをしました。

牛頭天王は、蘇民将来のもてなしに感謝をして、願いが叶うという「牛玉(ごおう)」というものを与えて、旅立って行きました。

後に、再び蘇民将来の家を訪れた牛頭天王は、巨端長者を滅ぼす為、部下に巨端の家の様子を探らせていました。
その事を知った蘇民将来は、巨端長者の家には自分の娘が働いているので助けて欲しいと、牛頭天王に頼みます。

すると、牛頭天王は蘇民将来に、「茅の輪」を作って赤い絹に包み、更に「蘇民将来の子孫」と書いた札を娘の腰に付けさせるようにと教えます。

やがて、牛頭天王は眷属(けんぞく)を率いて巨端長者の家を襲い、その一族を滅ぼしました。
勿論、蘇民将来の娘だけは無事だったといいます。

これが、「茅の輪」の由来と言われる物語です。

この話は、古くから伝わる伝説で、内容が少しづつ異なる、幾つもの物語が残されれています。

奈良時代に編纂された『風土記』の中には、蘇民と巨端は兄弟で、貧しい蘇民将来が兄、金持ちの巨端将来が弟であったという話もあります。
(もっとも、この部分に就いては『風土記』の「逸文(『風土記』の原典から失われていた部分)」とされていますが、本当は鎌倉時代に書かれたものと考えられているようです)

神社の説明書き等では、巨端長者を滅ぼした事については省略されていたりすることもありますが、古くから伝わる伝説では、どれもそういう話になっているようです。

 

上に載せた写真は、三年前に撮った京都の「八坂神社」の境内です。

京都の八坂神社は、古くは「祇園社」と呼ばれていました。
その祭礼である「祇園祭」は、平安時代に始められた「祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)」という、疫病をもたらす神を送る行事が元とされています。

八坂神社の神様は、元々は「牛頭天王」が祭られていましたが、現在は素戔嗚尊(すさのおのみこと)とされています。
もっとも、牛頭天王と素戔嗚尊とは、同一の神とも考えられていますので、どちらでも問題はないのでしょうが・・・。


 

     

                   祇園祭の山鉾(2003年7月撮影)

牛頭天王という神様は、名前の通り牛の頭をもった神様で、インドの祇園精舎の守り神だったとも言われていますが、同時に疫病をもたらす「行疫神」つまり「疫病神」とされています。

 

日本思想史の山本ひろ子さんは、その著書『異神』の中に、
その名から想像されるように、牛頭天王は日本古来の神ではなく『異神』の仲間に属する」けれども「各地に祀られて広く民衆の崇敬を獲得していった」と書かれています。
(『異神』とは、山本ひろ子さんの造語で、元々は異国からやって来たらしい、謎めいた神々を指しています)

確かに、地方の神社の境内に残されている小さな石の(ほこら)には、「牛頭天王」の文字が刻まれたものをよく見掛けることがあります。

また、先に上げた伝説に基づいて、地方によっては「蘇民将来子孫の家」という張り紙を、門や戸口などに貼る所もあります。

牛頭天王を祀る信仰とは、恐ろしい疫病をもたらす神に祈って、疫病から免れようという信仰であるということなのでしょう。

 

参考文献

 風土記       日本古典文学大系   岩波書店

 異神        山本ひろ子著   平凡社

   〔 異神  文庫版  ちくま学芸文庫(上・下)
     「牛頭天王」に関する論考は、下巻に所収 〕

 


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コメント 27

おはようございます^^
albireoさんは本当によくお勉強をなさっておいでになりますね~。わたくしは
神社に行くことがめったにないので、この『茅の輪』というのを見たこともないです・・
日本にはいろんな伝説のようなものが残されているのですね・・・
by (2006-06-29 04:46) 

YAYA

albireoさんは何でもお勉強されているんですね。
おかげでいろんな事を知ります^^
神社にはお正月に・・・最近は行かない年も・・・
by YAYA (2006-06-29 08:02) 

詩織

私は以前に「ちがや」を撮ったとき、花言葉を調べたら、
「子供の守護神」と知りました。
牛頭天王と蘇民将来とその娘にまつわる「茅の輪」の話を読み、
その花言葉の意味がわかったような気がしました。
こんな由縁があったとは…
何だか神妙な気持ちになれました(照れ)
by 詩織 (2006-06-29 12:10) 

m-tamago

わあ、茅の輪の歴史ってこういうことだったんですね~。茅の輪自体は見たことがあり、くぐったこともありますが、由来を知りたいと思っていたのです。なるほど~。
蘇民将来って、伊勢のお正月飾りの板に書かれていた気がします。子孫繁栄のような意味なのかと思っていたけれど、この話からきているのかもしれませんね。。。。。また色々教えてください!!
by m-tamago (2006-06-29 12:24) 

Silvermac

昨年、神田明神の祭に行き会わせて撮影しました。懐かしいですね。
http://blog.so-net.ne.jp/ryofu/2005-05-24-1
by Silvermac (2006-06-29 12:39) 

さとちゃんのDady

茅の輪、初めて知りました。
チガヤは、普通に、山野に生えているものなんでしょか。
僕にとっては見たことがあるような、無いような植物です。

もうすぐ祇園まつりですね。お写真を見て、行きたくなりました。
by さとちゃんのDady (2006-06-29 14:44) 

penpen

つい先日北野天満宮の、「茅の輪くぐり」を新聞で見たところです。持って帰る人が多くてすぐになくなってしまうとか。まだ見た事がないです。祇園祭のちまきに「蘇民将来子孫者也」と書かれている理由がわかりました。
by penpen (2006-06-29 15:46) 

じゅん

茅の輪を正面に据えた、神田明神、美しいですね。
本当にalbireo さんは博識ですね。
牛頭天王のように、悪と福を同時にもたらすような神は、
自然を恐れるがゆえに自然を大事に扱ったりと言う、
日本人の精神に馴染みやすいのかもしれませんね。
by じゅん (2006-06-29 17:42) 

Runa

茅の輪を くぐると 夏の疫病から 身を守れるのですね。
由来も とても 興味深く 読ませてもらいました。
神社さんへ 参ることも 必要ですね。
by Runa (2006-06-29 21:44) 

八坂神社は、何回か行ったことがありますが、この神事は見たことがありません。
「異神」は、面白そうですね。実は、この本、ハードカバー版が出たときに買おうかと思ったのですが、高すぎて断念しました。(苦笑)文庫化されたのは嬉しいのですが、ちくま学芸文庫は相変わらず高いです。(笑)
by (2006-06-29 22:09) 

はてみ

あっ、やられたー。明日神田明神へ、茅の輪くぐりに行こうと思っていました。
お守りももらいたいんです。しかし、今日が大変な一日だったので行けるかどうか。
考えてみたら、albireoさんのような記事は書こうと思っても書けないので、「やられた」も何もなかったです(^^)
by はてみ (2006-06-29 22:47) 

Gotton Factory

某神社で茅の輪くぐりしてきました。でも8の字を描くようにくぐるのは知りませんでした…残念。来年トライします!
by Gotton Factory (2006-06-29 23:03) 

konkon

   長靴で神官茅の輪据えに来し
神社とも言えないような小さな社で、神官とおぼしき人が、作業着と長靴姿で、茅の輪を据えているのに出会ったことがあります。
さすが天下の神田明神の茅の輪は立派ですね。
by konkon (2006-06-29 23:20) 

ミヤ

テレビなどで見たことはありますが、そんな話の裏づけは知りませんでした。
執念深くて恐ろしい話ですね。
茅の輪は、チガヤの葉で作られているのですか!
by ミヤ (2006-06-30 07:12) 

sakamono

以前に、赤坂の日枝神社で、このような輪を見たので、同じ場所か?と思いましたが、神田明神にもあったんですね。今回も、またおもしろく読みました。
by sakamono (2006-06-30 07:36) 

はてみ

今日はやはり神田まで行く元気がなかったのですが、地元川越でもやっているところがあるのを知り、そちらに行ってきました。
お守りはなかったのですが、ちょうど祭事の時間にぶつかってラッキーでした。
記事を書いたらTBさせていただきますね(^^)
by はてみ (2006-06-30 22:06) 

一度くぐったことがあります。
by (2006-07-01 10:25) 

sera

茅の輪をくぐらなきゃ、、、、
日本の伝統は長く守られていいですよね。
お寺とか神社は特にその伝統を守る役目が大きい。
お祭りなどがなければ、伝統も忘れられるかもしれませんね。
by sera (2006-07-01 17:11) 

あやこ

一番上の正面のお写真 千と千尋の神隠し に出てくる神様の顔のようにみえました^^
祇園祭り TVでしかみたことないので、実際に体感してみたいですw
by あやこ (2006-07-01 20:31) 

puripuri

茅の輪、、以前にテレビで見た事があります。でも、それにまつわるお話しが
あるとは知りませんでした。とっても興味深く読ませていただきました。
京都・八坂神社を訪れた時は工事中でした、、
by puripuri (2006-07-01 21:22) 

マイケル

大変勉強になりました。
今年は祇園祭、是非見に行きたいと思っています。
by マイケル (2006-07-01 21:36) 

春分

牛頭天王の話は面白いですね。いくつかは聞いたことのある話でしたが、
まとまった話として読ませて頂けるのはありがたいことです。
by 春分 (2006-07-01 23:18) 

barbie

日々忙しいですが、神社の夏越しの神事には参加するようにしています。八坂神社は私がお宮参りをした神社なんですよ。毎年大晦日にはおけら参りの人たちでにぎわいます。来週あたりからは京都の町中では鉾立が始まりそうです。見に行かねば。
by barbie (2006-07-02 10:05) 

さねさし

茅の輪くぐり テレビでみたことがありましたが 家の近くで今はもう穂になってしまっていますがそのチガヤで作るんですね お話とっても興味深く読ませていただきました 八坂神社は友人が 八坂神社の宮司さんの 息子さんと結婚されて以来身近に感じているのですが 実はどの行事にも行ったことがなく こんどいろいろと訊いてみます 
by さねさし (2006-07-02 11:50) 

gillman

神田明神の前はよく通りましたが
初めて知りました
by gillman (2006-07-02 12:14) 

bellflower

こんにちは^^
日本古来の神事は調べるとなかなか興味深いですね♪
やはり他者へのおもてなし(この伝承では神様ですが)の心を忘れ
驕る人には幸せはこないなぁって思ってしまいます^^
by bellflower (2006-07-02 15:57) 

牛頭天王のお話は、どこかで聞いたことがあるような気がするのですが、
「茅の輪」は私の記憶からこぼれてしまっていたようで(^^;)こちらで初めて知りました。
蘇民将来のように、自分に余裕がないときでも人に温かくできる人間になりたいものです☆
by (2006-07-03 01:07) 

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