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秋の歌 [詩・歌]

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      落 葉(らくえふ)

      ポオル・ヴェルレエヌ

       上田 敏 訳

   秋の日の

   ヴィオロンの

   ためいきの

   身にしみて

   ひたぶるに

   うら悲し。


   鐘のおとに

   胸ふたぎ

   色かへて

   涙ぐむ

   過ぎし日の

   おもひでや。


   げにわれは

   うらぶれて

   こゝかしこ

   さだめなく

   とび散らふ

   落葉(おちば)かな。

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 冒頭に掲げた詩は、上田敏(1874~1916)の翻訳に依る、訳詩集『海潮音』に収録された、19世紀のフランスの詩人ポール・ヴェルレーヌ(1844~1896)の作品です。

 『海潮音』は、明治38年に刊行された訳詩集で、日本の近代詩に大きな影響を与えたと言われ、この詩の翻訳も名訳とされて、現代でも読み継がれています。

 そのせいもあってか、昭和27年に刊行された、鈴木信太郎(1895~ 1970)の翻訳に依る、岩波文庫版の「ヴェルレエヌ詩集」には、鈴木信太郎は自らの訳ではなく、先に掲載した上田敏の訳詩を載せています。
 その本の後書きには、その理由は書かれていませんが、先行する上田敏の翻訳以上のものを、自らは見い出せなかった為ではないかと思われます。
 (因みに、この岩波文庫版の詩集は、昭和22年に創元社から出版されたものに、新たな翻訳を加えて刊行されたものだと言うことです。また、僕の手元にある岩波文庫版の「ヴェルレエヌ詩集」は、昭和49年の第25刷ですが、残念ながら、
現在は絶版となっています)

 但し、鈴木信太郎はこの詩集に、上田敏の翻訳をそのまま採用はせず、幾つかの改訂を施しています。

 そのひとつは、詩のタイトルを、上田敏は「落葉(らくよう)」としていますが、これを「秋の歌」と変えていることです。
  この改変は、ヴェルレーヌの原詩のタイトルが「Chanson d'Automne」となっているため、原詩に沿ったタイトルに改めたものと思われます。(尚、タイトルの後に「(上田 敏 譯)」と付しています。)

 また、鈴木信太郎訳が、この詩の各連の3行目と6行目を、以下のように一字下げて表記しているのも、上田敏の訳との相違点です。
 これ就いてもまた、ヴェルレーヌの原詩が、そのような形式で書かれているので、それに配慮しての改訂であると考えられます。

     秋の歌(上田 敏 譯)
       

   秋の日の

   ヴィオロンの

    ためいきの

   身にしみて

   ひたぶるに

    うら悲し。


*以下の、各連も同様に改訂されていますが、煩雑になるため、第一連のみを引用して置きます。

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  また、上田敏の翻訳では、「ヴェルレーヌ」の名前の「ヴェ」は「ヱ+濁点」となっていますし、詩の中「ヴィオロン」の「ヴィ」も、上田敏は「ヰ+濁点」で表記しています。
 しかし、鈴木信太郎版では、どちらも「ヴ」の文字を用いています。

 この記事では、互換性のあるフォントに、「ヱ」も「ヰ」も、「ヴ」のように、濁点を付しての表記が出来るものがない為、鈴木信太郎版に倣って、それぞれに「ヴェ」及び「ヴィ」と表記しました。

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 尚、詩の中の「ヴィオロン」は、フランス語で「バイオリン」のことですが、別の訳者に依る幾つかこの詩の翻訳(橋本一明訳・堀口大学訳、等)を見たところ、どの訳者も同様に「ヴィオロン」と表記しています。
 日本人には、あまり馴染みのないように思える「ヴィオロン」という言葉ですが、この詩の中に置いて見ると、やはり「バイオリン」よりも、据わりがいいようにも思われます。

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 新潮文庫版の「ヴェルレーヌ詩集」の訳者である堀口大学(1892~1981)は、この詩に言う「ヴィオロン」に就いて、「ふとこのヴィオロンは秋風の音だと気づいた」(新潮文庫版『ヴェルレーヌ詩集』「秋の歌」脚注)として、自らの訳では「秋風の/ヴィオロンの」としています。
 また、堀口大学の脚注には、「一生の傑作とも言うべきこの絶唱が成った時、ヴェルレーヌはまだ二十歳だった。」とも記されています。

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 ところで、僕が、ヴェルレーヌのこの詩を最初に読んだのは、1967年に角川書店から刊行された、「カラー版・世界の名詩 8 ヴェルレーヌ詩集」の橋本一明(はしもといちめい)訳に依るものでした。


 因みに、訳者の橋本一明氏は、Wikipediaに依ると、フランス文学者で、國學院大學の教授であったと言うことです。
 1927年1月1日 生まれ 1969年1月29日没となっていますから、僕がこの詩集を読んだ2年後には、42歳の若さで夭逝されたと言うことになります。

 この記事には、この詩の翻訳としては、最も良く知られた上田敏訳を引用しましたが、僕が本当に心惹かれるのは、高校生の頃に最初に読んだ、橋本一明訳の「秋の歌」です。

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 数日前、風の強い日に外出した折、舞い散って来る落葉が、足下に絡み付きながら飛び去って行きました。
 その時に、ふと心に浮かんだのは、上田敏訳の「落葉(らくよう)」ではなく、橋本一明訳の「秋の歌」でした。

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 訳者である橋本一明氏は、没後既に44年が経過している為、「カラー版・世界の名詩 8 ヴェルレーヌ詩集」も既に絶版となり、後に出版されたという角川文庫版の「ヴェルレーヌ詩集」も、やはり絶版となっています。
 現在では、恐らく図書館等でも、その訳詩に触れる機会は、あまりないと思われますから、以下に橋本一明訳の「秋の歌」引用させて頂くこととします。

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      秋の歌

      ポール・ヴェルレーヌ

       橋本 一明 訳


   忍び泣き

   ながくひく

   秋の ヴィオロン

   ものうくも

   単調に

   ぼくの心を いたませる


   時つげる

   鐘の音に

   胸つまり あおざめて

   過ぎた日を

   思い出し

   ぼくは泣く


   性悪の

   風に吹かれて

   ぼくは行く

   ここ かしこ

   吹き散らう

   落葉さながら

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 この記事は、暫く前に書きかけにしたままになっていましたが、些か慌ただしくしている内に、もう12月も半ばとなってしまったため、そのままにして置こうかと思っていました。

 でも、数日前に激しい風が吹いた際に、沢山の落葉が舞い散る様子を見て、ふとこの詩を思い浮かべたため、少し書き直してアップすることにしました。

参考図書

上田敏全訳詩集 (岩波文庫 緑 34-1)

上田敏全訳詩集 (岩波文庫 緑 34-1)

  • 作者: 上田 敏
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1962/12/16
  • メディア: 文庫
ヴェルレーヌ詩集 (新潮文庫)

ヴェルレーヌ詩集 (新潮文庫)

  • 作者: ヴェルレーヌ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1950/11/28
  • メディア: 文庫

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コメント 8

mimimomo

おはようございます^^
同じ詩でも、訳者によって、かなり違いますね。
上田 敏訳の方がわたくしには、詩の心が分かり易いです。

日に輝く落ち葉が美しいですね。
by mimimomo (2013-12-16 06:47) 

ねこじたん

むずかしいことは わからないおいらですけど
落ち葉って ポエムにあいますね
なんとなくなんですけどね♪
by ねこじたん (2013-12-16 10:45) 

きまじめさん

上田敏氏訳の落葉はよく耳にしますが
橋本一明氏のは知りませんでした。
耳慣れているせいでしょうか、
落葉の方がしっくりひびいてきます。
by きまじめさん (2013-12-19 00:36) 

gillman

この詩を目にすると、この詩が映画「史上最大の作戦」のレジスタンスの暗号に使われていたシーンを思い出します。
by gillman (2013-12-19 21:53) 

sakamono

私でも、何となくこの詩の一部を聞いたコトがあるように思います。
それだけ有名な詩なんですね。初めて出典が分かりました^^;。
by sakamono (2013-12-21 12:00) 

(。・_・。)2k

秋を感じる素敵な写真ですね(^^)

by (。・_・。)2k (2013-12-23 02:34) 

はてみ

ほかに訳詩があるとは知りませんでした。
でも…よいものには別訳があって当然かもしれません。
ところで鈴木信太郎はちょっと懐かしい名前です。
昔…鈴木先生の蔵書が大学図書館?に寄贈されたとき、
その洋書のデータ作りの仕事のバイトをしました。
現物の本を見ながらでしたが、古いフランスの本、
フランス装でカットされずじまいのものも多々あり…
外国語は全然だめですが、本の雰囲気を楽しめる仕事でした。
by はてみ (2013-12-28 23:20) 

知足

先輩から漱石の「草枕」に出てくる「ヰ」や「ヱ」に濁点をうった字は何と読むのかと聞かれ、上田敏訳の「海潮音」に出てくる「落葉」はひょっとして「ヴィ」や「ヴェ」をこのように書き表していたのではないかと思い、探しているうちにalbireoさんのブログが目に留まりました。
先輩の質問にはこれで答えられます。久しぶりに「落葉=秋の歌」を読み、学生時代に読んだ「海潮音」を懐かしく思い出しました。

by 知足 (2018-01-02 14:35) 

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