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鉄砲證文 [古書・古文書]

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 秋の、収穫時期に限ったことではありませんが、猪や鹿、また熊や猿などによる農作物への被害は、よくテレビや新聞のニュースなどでも報じられます。

 先日も、農家の奥さんが、「美味しくなる頃を、狙ったように来て、食べられてしまいます」と、話しておられるのを、テレビのニュースで見ましたが、本当に気の毒なことだと思います。

 最近は、ハクビシンやアライグマなどの、外来生物による被害も、かなり増えて来ていると聞きます。

 殊にアライグマなどは、かなり昔のテレビアニメの影響から、外見の可愛らしさに惹かれて飼ってみたところ、あまりの凶暴さに困り果てて、捨ててしまったものが野生化して、繁殖したものと言われています。
 それは、一方的な人間の身勝手によるもので、アライグマこそが被害者とも言えます・・・

 人間と、野生動物との軋轢は、人間が農耕を始めた時から、ずっと続いている問題ですが、近年になって、人家からは遠く離れた山の中にまでゴルフ場などが作られるようになってから、尚更にそれが顕著になって来たようにも思われます。

 江戸時代は、循環型社会であったと言われ、今よりももっと、自然が自然のままに保たれていたと思われがちです。確かに、そうした側面もあるのは事実ですが・・・
 しかし、江戸時代以前の、約100年に及ぶ戦国時代の戦乱に依って、既に山林は荒廃していました。
 江戸時代になり、実質的に戦国時代が終わり、平和になると共に、産業が奨励され、家屋敷の建築も増加して行きます。その結果、山林は切り開かれ、禿山が増えて行ったといいます。

 江戸時代に出された、農民などに対する禁止事項を記した、「御触書(おふれがき)」などの資料を見ると「竹木(ちくぼく)を勝手に伐採してはいけない」と言う意味のことが、しばしば書かれていますが、それもまた、山林の荒廃があまりにも進み、最早放置しては置けなくなった支配層の、場当たり的な思惑によるものと思われます。

 江戸時代もまた、そういう状況にあった訳ですから、野生動物による田畑への被害も、当然起こっていました。

 今回の記事では、野生動物による田畑への被害に係わる「古文書(こもんじょ)」を、ひとつ紹介したいと思います。

 

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 これは、「鉄砲證文(てっぽうしょうもん)」と呼ばれる古文書です。

 本来は、一枚の紙に書いて、役所に提出した公的な書類です。しかし、これは写しとして、村方で保管してものであるため、年貢関係の文書の写しを纏めた冊子の中に、3ページに亘って、書き留められていました。

 内容は、「この村では、数年に亘って、猪や鹿が出没して、百姓が困っています。以前お願いした通り、害獣駆除のために、鉄砲を貸して下さい」というものです。

 貸し出し期間は、文政二年卯年(1819)の正月から十一月までとなっています。
 四季を通じての貸し出しのため、こうした鉄砲は「四季打ち鉄砲」と呼ばれたそうです。

 借りた鉄砲の使用は、害獣駆除の用途に限定されていて、「その他の獣や鳥類などの殺生は、一切致しません」という意味のことも書かれています。

 元禄時代に出された「生類憐みの令」は、徳川綱吉の死と共に、悪法として廃止されましたが、「生き物を憐れみ、無用な殺生はすべきではない」という精神だけは、徳川幕府を通じて守られ続けたようで、「御触書」の類にも、「生類憐みの儀を守り」と言うような文言がしばしば見られます。

 

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 借りた鉄砲の使用者は、当人だけに限られ、当人以外は、例え親子・兄弟・友人であろうとも、又貸しをすることは、厳しく禁じられています。

 借り出した鉄砲の使用範囲は、自分の居住する村内のみであり、他村での使用は禁止されていました。その為、他村からやって来た者が、その村で鉄砲を打った場合には、相手の名前や住所を聞き出して、役所に届け出なければなりません。

 また、仕留めた害獣の数を控えて置き、その数量を役所へ届け出る決まりにもなっています。

 

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 以上の、決まりを守らず、鉄砲を悪事に使用した場合は、本人は勿論の事、名主や村役人までもが、罪に問われることになります。

 貸し出し期限の十一月の末日になったら、鉄砲を「名主所に取り上げ置き、名主・組頭、連印を以って」返却することになっているようですから、恐らくは何人かの農民が、鉄砲を借り出していたのだと思います。

  最後に、 「文政二卯年正月」という、書面の発行年月が記され、その下には、「上州緑埜郡三波川村」とあります。続いて、預かり主と、五人組の名前を書き、印を押すことになっていますが、これは写しであるため、個人名と印は省略されています。
 本来は、この後に宛先が記されますが、それも省略されています。

 尚、ここに記された三波川村(さんばがわむら)は、明治以降、数度に亘る市町村合併の後、現在は群馬県藤岡市に属しています。      


 中学生の頃に、歴史の教科書で「入り鉄砲に出女」などという言葉を習ったこともあり、江戸時代には、鉄砲に対する取り締まりが厳しかったように言われていますし、「御触書」等の資料を見ると、「猟師」だけは、鉄砲の所持が許されていたらしいことも分かります。
 しかし、一般の農民が鉄砲を打つことが許されるとなどとは、僕は思っていませんでした。

 江戸時代の事というと、どうしても時代劇や、時代小説に描かれているイメージが強く、個々の物語は、作り話と分かっていても、全体の雰囲気としては、そんなものだろうと考えてしまいがちです。

 でも、実際の資料に当たって見ると、想像していたものとは違う、別の世界が見付けられたりもします。

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 江戸時代の農政に関する資料を見ると、例えば、米が豊作の年は酒造りを奨励しますが、米が不作の年には、「酒造りの儀、堅く停止たる事(さけづくりのぎ、かたくちょうじたること)」などという「御触書」が出されたりします。つまり、凶作の時は、一転して酒造りが禁止される訳です。
 これは、かなり場当たり的な政策と言えますが、実態は現代もまた、あまり変わってはいないような気もします・・・

 最近見たニュースでも、「農作物の獣害に対しては、抜本的な対策を考えなければならない」と、「識者」の発言がありました。

 しかし、現実には、それよりも以前のニュース番組で、熊が多く出没する地方で、「『猟友会』に、若手の人材を募集して、害獣駆除に協力して貰う取り組みをしている」というのを見ましたが、それもこの「鉄砲證文」に書かれていることと、本質的には変わらないような気がしました・・・

 

 因みに、最初と最後に載せた写真の「鹿」は、害獣ではありません。

 野生の鹿が、人間と共存している稀有な例として知られる、奈良公園の鹿です。

 ここの鹿は、人間のに害になると言うよりも、鹿の方が交通事故の被害に遭うケースが多く、関係者は頭を痛めていると、少し前のニュースで聞きました・・・

 

 尚、古文書を読む際には、文字自体を現代の楷書に直した解読文と、句読点や送り仮名を補った、読み下し分とを作りますが、ここでは煩雑になるため省略しました。

 もし、個々の文字の読み方に興味のある方がいらっしゃれば、サイドバーに置いてある別ブログ「風の森博物館」の「鉄砲證文」の記事に、解読文・読み下し文共に載せてありますので、宜しければご覧下さい。 

 

 


タグ:古文書
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コメント 6

mimimomo

おはようございます^^
人間のすることって太古の昔から変わっていないのでしょうね。
どんなに文明が発達しても基本的には『生きるため』営まれることは変わらないのでしょうね。
テレビで歴史を勝手に学んでいると思い込んでいるわたくし(≧。≦ゞ
by mimimomo (2013-09-07 09:44) 

きまじめさん

猿・鹿・猪・熊など人間社会とはすみ分けていた動物たちが、
様々な理由から、そのすみわけラインを崩してきています。
駆除するにも、猟友等の高齢化等からうまくいかないようですね。
そんなことを考えると、必要な時に鉄砲を貸し出してくれる、
江戸時代の 「鉄砲證文」は興味深い制度ですね。
by きまじめさん (2013-09-08 14:38) 

sakamono

昔のコトでも、銃の管理が一応しっかりなされていたコトに
私はちょっと驚きました^^;。
by sakamono (2013-09-08 15:44) 

獏

お祝いコメント誠に有難うございます!☆

by 獏 (2013-09-15 20:58) 

ねこじたん

人間は 優しい気持ちもってるから
捨てちゃったりしないで 責任もってほしいなとか思います
鉄砲 昔から管理されてるんですね
すごいな〜
by ねこじたん (2013-09-16 08:56) 

ぜふ

鉄砲を貸してくれなくても、ワナをしかけるなどして獲っていたと思いますが、鉄砲があれば手っ取り早かったのでしょうね。

アライグマやハクビシンもさることながら、野良猫の餌付けも似た問題だと日ごろ感じています。(ニンゲンのワガママの問題として)

害獣駆除にもどると、現代でも猟友会などが害獣としてしとめたものは行政機関がひきとることが建前になっていますが、シカやイノシシやクマはみんな山分けしていますよね。(行政には埋めるなどして処分したことにして)
by ぜふ (2013-09-17 23:49) 

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