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五位の鷺 <平家物語より> [歴史・伝説]

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    ゴイサギ  五位鷺   コウノトリ目 サギ科

 
 水辺で、餌を探すゴイサギです。この写真を撮ったのは、五月のことでした。
 これまでは、家の近くでは、ゴイサギを見ることは稀でしたが、これ以来頻繁に見掛けるようになりました。

 前の記事のように、森林公園の池を訪れることもありますが、大抵は近くの休耕田で餌を探しています。

 以下、前の記事に書き切れなかった、五位鷺の名前の由来に就いて、少しばかり書いてみたいと思います。

 「五位鷺」の名は、古代日本の律令制の導入に伴って定められた、貴族や役人の官位や官職に由来するものと言われます。

 「官位」及び「官職」の内容に就いては、時代による変遷もあって、かなり複雑なものなので省略しますが、取り敢えずは、「一位」から「五位」が貴族の位とされ、朝廷に仕える役人などには、その下の「六位」から「八位」そして「初位」までの位が与えられていました。更に、各位に「正」と「従」の段階(「初位」のみ大・小)があります。
 五位鷺の名は、その官位によるものらしいのですが、その典拠に関しては、「平家物語」にその由来らしきものが記された一節があります。
 巻(かん)第五 にある、 朝敵揃(ちょうてきぞろえ)の段がそれに当たります。

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 この「朝敵揃(ちょうてきぞろえ)」の段は、前段で語られた、平氏追討を目指した源頼朝の挙兵を受け、朝廷に反逆した朝敵について、神武天皇に反抗したとされる土蜘蛛(つちぐも)に始まり、平将門・藤原純友や、保元・平治の乱に敗れた藤原頼長・藤原信頼に至るまで、二十数人の人物の名を書き連ね、古来より朝廷への反逆を成し遂げたものは一人とてなく、すべて滅ぼされたことが書き記されています。

 そして、その後半に、王朝の権威はかくあるべきであるという形で、五位鷺に関する説話が語られます。

 先ずは、平家物語・朝敵揃の段から、五位鷺に関する説話部分の原文を引用して、その後に現代語訳を付して置きます。


《平家物語 原文》

 この世にこそ王位も無下にかるけれ、昔は宣旨(せんじ)をむかってよみければ、枯れたる草木も花咲き実なり、とぶ鳥もしたがひけり。
 中比の事ぞかし。延喜御門(えんぎのみかど)、神泉苑に行幸あって、池のみぎはに鷺のゐたりけるを、六位を召して、
 「あの鷺とって参らせよ」と仰せければ、いかでかとらんと思ひけれども、綸言(りんげん)なればあゆみむかふ。鷺はねづくろひしてたたんとす。
 「宣旨ぞ」と仰すれば、ひらんで飛びさらず。これをとって参りたり。
 「なんぢが宣旨にしたがって、参りたるこそ神妙なれ。やがて五位になせ」
 とて、鷺を五位にぞなされける。今日より後は鷺のなかの王たるべしといふ札をあそばいて、頸にかけてはなさせ給ふ。まったく鷺の御料にはあらず、只王威の程をしろしめさんがためなり。

                                  

                                                             平家物語 巻第五 朝敵揃 より

                                 講談社 学術文庫 平家物語(五)所収


《現代語訳》

 今では、朝廷の権威も軽くなってしまったが、昔は天皇の命令である宣旨を読み聞かせれば、枯れていた草木も花を咲かせ、飛ぶ鳥さえも、その命令に従ったものである。
 その昔、醍醐天皇(だいごてんのう)が神泉苑(しんせんえん)にお出掛けになられた折、池の辺に一羽の鷺がいるのをご覧になり、六位の官職の役人を呼ばれ、「あの鷺を捕えて参れ」と仰せられた。
 命令を受けた役人は、どうせ捕まえられはしないと思ったものの、帝のご命令では仕方がないと近づいて行くと、鷺は羽繕いを終えて飛び立とうとしていた。
 そのため、役人が鷺に向って「陛下のご命令である」と告げると、鷺はその場に平伏して飛び立たなかった。そこで、鷺を捕えて、帝のもとへと連れて行った。
 すると帝は「そなたが、命令に従って、私の前に参ったことは、神妙である。そなたに五位の官位を授けよう」と仰って五位の位を与えられた。今日より後は、鷺の中の王である、という札を作り鷺の首に掛けて放してやったという。
 これは、帝が鷺を欲しいと思って捕まえさせたのではない。ただ帝の権威の力を知らせようということの為である。


 天皇の命令に従った鷺は、五位という貴族の位を賜った訳ですが、捕まえて来た役人よりも、捕まえられた鷺の方が偉くなってしまうという、何とも面白い話ではあります。

 「平家物語」は、写本と琵琶法師の語り物によって伝えられたため、「異本」と呼ばれる少しづつ内容の異なった、謂わば別バージョンの本が何種類も残されています。
 その異本の中に、題名も異なる「源平盛衰記」という本があり、ほぼ同じ内容の五位鷺の説話が載っています。しかし、そこには五位の官位を賜ったということは書かれていません。

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 また、この話を基にして作られたと思われる「鷺」という能があります。
 演じられる機会の少ない能であるため、僕は未だ観たことがありませんが、「能・狂言事典」という本に書かれていたあらすじによれば、鷺だけでなく、捕まえて来た役人もまた、五位の位を賜ったことになっています。

 能の「鷺」で、少し不可解に感じることは、演能の場面の写真などを見ると、その装束は白鷺をイメージして作られているとしか思えず、実際のゴイサギとは異なっていることです。

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    コサギ 小鷺   コウノトリ目 サギ科

 ただ、「鷺」という能では、シテ(主演)の鷺の役は、少年か還暦を過ぎた老年の能役者のみが演じると決められており、些か特殊な扱いの曲と言えます。
 それは、鷺の聖性や清らかさを現わすためとされていますが、その意味では、この能に登場する鷺は、上の写真のコサギのような、清楚な美しさを感じさせる、純白の鷺でなければならなかったのかも知れません。



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 ところで、この説話に関して、醍醐天皇の在位は、897年から930年のことで、平家物語のこの段は、1170年代から1180年代のことであるため、平家物語にあるこの説話以前に、何か原拠となるような話があったのかも知れないという気もします。でも、今回調べた限りでは、そうした物語の存在は確認は出来なかったので、この説話は、或いは平家物語の作者の創作なのかも知れません。

 「和漢三才図会」という、江戸時代の百科事典がありますが、その中の「ごい・ごいさぎ」の項目に、「鵁鶄(コウセイ)」の漢字を当てて、ゴイサギに就いての記述があります。
 そこには、平家物語と同様の説話が紹介されていますが、醍醐天皇ではなく
近衛天皇の事跡として記されています。近衛天皇の在位は、1141年から1155年ですから、年代的には平家物語の時代に近いと言えます。しかし、近衛天皇は僅か三歳で即位され、眼病を患って、十七歳の若さで崩御されていますから、このエピソードは些か、この帝にはそぐわない感もあります。
 醍醐天皇の治世については、比較的安定していたとも言えます。しかし、政治的な策謀に乗せられて、菅原道真を大宰府へ左遷させた後、死亡した道真の怨霊を恐れるあまり、高い官位を追贈して鎮めようとしましたが、霊威は治まらず、道真を左遷させたことを悔やみながら、崩御されたといいます。高い官位を贈っても、怨霊は鷺のようには、その命令に従ってはくれなかったようです。


 「鳥名の由来辞典」という本によれば、「ゴイサギは平安時代から、" いひ "の名で知られて」いたそうですが、室町時代頃から、「ごいさぎ」とか「くらいのとり」などと呼ばれるようになったそうです。
 そうすると、やはり平家物語のこの説話が影響して、「ゴイサギ」と呼ばれるようになったのかも知れません。

 また、江戸時代に書かれた、博物画を集めた、「彩色 江戸博物学集成」には、「五位鷺」とされる絵が載っていますが、そこに描かれているのは、ゴイサギではなくアオサギの姿です。
 明治時代に編纂された「古事類苑」という百科全書に収録されている古い資料の中にも、当時はゴイサギを指すとされていた「鵁鶄(コウセイ)」の文字に「アオサギ」と仮名をふってあるものがありましたから、そういう混同はよくあったのかも知れません。
 ただ、この「鵁鶄(コウセイ)」と言う鳥は、明確には分からないようですが、現在ではゴイサギでもアオサギでもない、セイケイという外国産の鳥と考えられているようです。

 五位鷺は、貴族としての官位を賜ったほどですから、人間から大切に扱われていたのかと思うと、必ずしもそうでは無いようです。
 上に挙げた「古事類苑」に採録された「食物和歌本草」という江戸時代の書物には、「五位鷺は、甘温也 毒もなし 気力をもまし 汗をよくとむ」などと書かれています。
 「甘温」というのはよく分かりませんが、味が良い事を言っているようで、どうも健康に良い食べ物として、獲って食べられてもいたようです。

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 この記事では、最初は、平家物語の説話を紹介するだけのつもりでした。

 ですが、書いているうちに、様々な疑問が浮かんで来て、色々と調べずにはいられなくなってしまいました。しかし、その為にかえって分からないことが増えたような気もします。

 今回は時間の余裕がなく、取り敢えず、手元に有る資料に当たって見ることしか出来ませんでしたが、そのうちに図書館等の資料も探して、もう少し調べてみたいと思っています。

 多分、簡単には解らない事なのかも知れませんが、少しづつ調べてみることにします。

 
 何だか、自分でもよく分からないままに書いた、長くて取り止めもない記事に、お付き合い頂きまして、有難う御座いました。

  参考図書

平家物語(五) (講談社学術文庫 (355))

平家物語(五) (講談社学術文庫 (355))

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1982/07/07
  • メディア: 文庫
図説 鳥名の由来辞典

図説 鳥名の由来辞典

  • 作者: 菅原 浩
  • 出版社/メーカー: 柏書房
  • 発売日: 2005/04
  • メディア: 単行本
古事類苑 動物部

古事類苑 動物部

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 吉川弘文館
  • 発売日: 1999/05
  • メディア: 単行本

 
彩色江戸博物学集成

彩色江戸博物学集成

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 1994/08
  • メディア: 大型本

 
歴代天皇総覧―皇位はどう継承されたか (中公新書)

歴代天皇総覧―皇位はどう継承されたか (中公新書)

  • 作者: 笠原 英彦
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2001/11
  • メディア: 新書

和漢三才図会

和漢三才図会

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 東京美術
  • 発売日: 2004/11
  • メディア: 単行本

能・狂言事典

能・狂言事典

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 1999/06
  • メディア: 単行本






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コメント 11

枝動

そうでしたか。
年代が合わないのが気になりますが、琵琶法師によって語り継がれ室町で、今の呼び名になったんですね。
by 枝動 (2012-07-03 00:20) 

ぜふ

学校の勉強よりもおもしろいです。
単純にゴイサギの飾り羽が貴族がかぶる帽子についているしっぽみたいなのと似ているからじゃないかと勝手に納得してました^^;
by ぜふ (2012-07-03 06:20) 

春分

五位の話は平家物語でしたか。何れにしろ広めたのは平家物語か。
文はもちろん写真も魅力的で、参考図書も良いのが並んでいますね。
平家物語は決めつけはできないけど「滅びの美学」が魅力なわけで
この後魅力的なエピソードがいっぱいですしね。NHKも目先の風評に
負けずに後半を描き切ってもらいたいです。
by 春分 (2012-07-03 07:12) 

mimimomo

こんばんは^^
鳥の名は面白いですね。植物の名も面白いですが(^-^
楽しく読ませていただきました。
昔書かれたものはいろいろのアングルから調べないといけないのですねぇ~
白洲正子さんの本を読んでいて『これは眉唾物』などというようなことが書かれているので
そんなものかと思うようになりました。
by mimimomo (2012-07-03 19:11) 

(。・_・。)2k

とってもお勉強になりました
ありがとうございます(^^)

by (。・_・。)2k (2012-07-03 20:17) 

きまじめさん

五位鷺の名前の由来、興味深く読ませていただきました。
『「一位」から「五位」が貴族の位」』等々官位、官職の事がわかっていたら
平清盛をもっと面白く理解できたかもしれません。
(恩賞の話になってもどの程度のものかよく解らなかったもので)
by きまじめさん (2012-07-03 23:28) 

dino-tail

面白かったです!
五位鷺、食べてたんですかねぇ・・・すごいなぁ~
とても勉強になりました。
また、何か分かりましたらぜひ教えてくださいませm(_ _)m
by dino-tail (2012-07-06 10:25) 

albireo

◇ 枝動 さん
疑問点は多々あるのですが、そういう事であろうと思います。

◇ ぜふ さん
楽しんで頂けましたら幸いです。
理由は、案外そんなところなのかも知れませんね。

◇ 春分 さん
平家物語は、能を観る時などに、必要に応じて読んでいたので、通読したことがありませんでした。
ちゃんと読んでいたら、もっと前に記事が書けていたかも知れません。
今回の大河も、史実と違う部分が多いですね~
やっぱり、多元宇宙テーマのSFと思って観なければならないようです。

◇ mimimomo さん
古人の言には間違いが無い等と言う人がいますが、誰であれ間違いや勘違いはありますね。
調べて行くときりがありませんが、それでも調べるのは楽しいことかも知れません。

◇ (。・_・。)2k さん
勉強などとは、恐れ入ります<m(_ _)m>

◇ きまじめさん さん
確かに、多少なりとも古典文学を読んでいると、面白い面もありますが、大河ドラマの場合、史実とかけ離れた部分の多さも目に付きます…

◇ dino-tail さん
食べていたようですね…
この件は、書こうかどうかと迷ったのですが、dino-tailさんからのコメントを拝見して、書いておいて良かったと思いました。
by albireo (2012-07-06 20:53) 

はてみ

この記事を読ませていただいて図鑑を見ていましたら、
五位鷺のほかに、笹五位、葦五位なども五位が付きますね。
みんな五位なのかしら…(^^)
by はてみ (2012-07-10 20:27) 

albireo

◇ はてみ さん
確かに、笹五位や葦五位というのもいますね。
試しに、「図説 鳥名の由来辞典」を見て見ると、ササゴイの方だけが載っていましたが、江戸時代の図鑑で、他の鳥と混同しているらしいことが、書かれているだけでした。
色々考えて見る内に、平家物語の説話では、どのような姿や色をした鷺なのかには触れていませんから、本当は優美な姿の白鷺をイメージしていたのかも知れないと思うようになりました。
そして、後々に適当な鷺を見付けた誰かが、これこそが「五位鷺」だと、そう言っただけなのかも知れないと・・・今は、そんな風にも思っているところです。
by albireo (2012-07-12 02:15) 

may

はじめまして。
五位鷺の日本的な意味を知りたく、調べておりましたらこちらのページに出会うことができました。
平家物語の本文抜粋、大変嬉しく拝読いたしました。
様々な文献や歴史的な背景、お能の世界の知識も勉強になりました!

また五位鷺のお写真、とても美しいですね。
羽の色合いも日本のお色で、見せていただき感激いたしました。

五位の官位はKnightだったのでしょうか?まだまだ興味は尽きず知ることを楽しんで参りたいです。
素晴らしい記事をありがとうございます!
ますますのご活躍を楽しみにいたしております。

by may (2021-03-24 17:53) 

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