桜の和歌 [詩・歌]
朝夕に花待つころは思ひ寝の
夢のうちにぞ咲きはじめける
崇徳院御製
千載和歌集 巻一 春歌上 所収
朝夕に桜の咲くことを待ち侘びるころ
花を思って眠る夢の中で桜は咲き始める
桜の和歌というと、どうしても在原業平や紀友則の歌を思い浮かべ、これまでにもブログの記事に、それらの歌を引用した記事を書いて来ました。
でも今回は、崇徳院と西行に就いて調べながら、千載和歌集と山家集を読んでいて見付けた、桜の和歌の幾つかを紹介することにします。
いづかたに花咲きぬらんと思ふより
よもの山辺に散る心かな
待賢門院堀川
千載和歌集 巻一 春歌上 所収
何処で桜が咲いただろうかと思うと
四方の山のあたりに心が散ってしまいます
千載和歌集は、平安時代末期に後白河院の院宣により、藤原俊成(ふじわらのとしなり)が編纂した勅撰和歌集です。
藤原俊成は、崇徳院とも親しく、西行とも親しかったため、二人ともに多くの歌が採用されています。
また、待賢門院堀川(たいけんもんいんのほりかわ)は、崇徳院の生母である待賢門院璋子(たいけんもんいんたまこ)に仕えていた女房ですが、当代の女流歌人として、藤原俊成が高く評価していたため、やはり多くの歌が採られています。
おしなべて花のさかりになりにけり
山の端ごとにかゝる白雲
円位法師 (西行)
千載和歌集 巻一 春歌上 所収
どこもかしこもが花の盛りになった
山の端ごとに白雲が掛っている
「白雲」とは、言うまでもなく、遠い山の端に見える満開の桜を、白い雲に見立てたものですが、待賢門院堀川も、次のような歌を詠んでいます。
白雲と峯のさくらは見ゆれども
月のひかりはへだてざりけり
待賢門院堀川
千載和歌集 巻一 春歌上 所収
遠い山の峰に咲く桜は白雲のように見えるけれど
あの花の雲は月の光を遮ったりはしない
たづねつる花のあたりになりにけり
にほふにしるし春の山風
崇徳院御製
千載和歌集 巻一 春歌上 所収
遠くまで訪ねて来て 漸く桜に近付いて来たようだ
春の山風が 確かにその香りを運んで来る
今さらに春を忘るる花もあらじ
やすく待ちつつ今日も暮らさむ
西行
山家集 春歌 所収
今更 春を忘れて咲かない桜もないだろう
心安らかに花の咲く日を待って今日も暮らして行こう
今年は、春になっても気温の低い状態が長く続いたため、梅の花の開花が遅れ、桜もどうなる事かという感じでしたが、確かに西行の歌の通り、花々は春を忘れずに咲いてくれました。
花見にとむれつつ人の来るのみぞ
あたら桜のとがにはありける
西行
山家集 春歌 所収
花見だと言って大勢の人がやって来る
惜しいことにそれは桜の罪ではある
ねがはくは花のしたにて春死なん そのきさらぎの望月のころ
出来得るならば、敬愛するお釈迦様が入滅されたのと同じ頃、春に桜の花の下で死にたいと願い、
仏にはさくらの花をたてまつれ わがのちの世を人とぶらはば
もし、自分の死後を、弔ってくれる人がいるならば、桜の花を捧げて欲しいと願うほどに、桜を愛した西行は、大勢の人が、騒がしく桜を見るのが厭わしかったのかも知れません。
出来るならば、ひっそりと、心静かに桜の花を眺めていたかったのでしょう。
「花見にとむれつつ・・・」の歌を題材にして作られた、「西行桜」という能があります。
この能の物語の西行は、自らの庵の庭に桜が咲き始めると、その庭を出入り禁止にしてしまいます。
しかし、西行の庵に桜が咲いたことを聞き付け、都の人たちが見物に訪れて来ると、遥々訪ねてくれたからと、改めて庭を開放します。しかし、内心は穏やかに花見がしたいため「花見にとむれつつ・・・」の歌をふと口ずさみました。
するとその夜の夢に、桜の古木の精が老人の姿で現れ、「桜の罪とはあまりに酷い」と訴えます。
しかし、そう訴えながらも、桜の精は西行と知遇を得たことを喜び、夜が明けるのを惜しみながら消えて行きました。
仲の良い友人たちと、共に眺める桜も美しいし、ただひとり心静かに眺める桜もまた美しい。
どちらを好むかは、人それぞれですが、僕はそのどちらもいいと思います。
あだにちる梢の花をながむれば
庭には消えぬ雪ぞつもれる
西行
山家集 春歌 所収
儚げに散って行く梢の花を眺めていると
庭には 溶けて消えない雪が積もっている
あっと言う間に、今年の桜の季節も終わろうとしています。
木々の梢から降り注ぎ、地面に散り敷いた桜の花びらは、将に溶けることのない雪のようです。
でも、もうすぐ続いて八重桜が咲き始めます。
そして、その他の花々も、長く続いた寒さのせいで、今年は間断もなく、次々と咲き始めています。
次回の記事からは、他の花々を少し急いで載せて行かないと、すべてが通り過ぎて行ってしまいそうです・・・
参考図書
おはようございます^^
例の本読み終えました。
能と和歌はかなり深い結びつきがあるのですね。
今は藤原正彦先生の本を読んでいますが、読み終えたら
もう一度白洲正子さんの本を読み返すつもりです。
by mimimomo (2012-04-15 08:02)
西行は、桜が好きだった、くらいの認識しかなかったので、
なるほど、と思いつつ読みました。桜の時期もあっという間に終わりですね。
by sakamono (2012-04-15 15:18)
素敵な記事、ゆっくり読ませて頂きました。
今の大河ドラマで、和歌を詠むイメージがなんとな〜くわかったので
お利行さんになった気分です^^;
by ゴーパ1号 (2012-04-15 16:18)
西行もいいですが、崇徳院もいいですね。
どうも祟りの人の印象が先立つのでいけませんね。
写真もいいですね。桜の若葉というのもとてもいいですね。
by 春分 (2012-04-15 20:19)
和歌の心得はありませんが、読ませていただいていると、
albireo さんが解説してくださっているので素直に心に入ってきました。
西行さんの「ねがはくは・・・」は以前これを知ったとき
こんな死に方ができたらいいななどと思った覚えがあります。
by きまじめさん (2012-04-16 00:08)
おいらも 和歌全くわからないのですが
昔の人々は 季節を肌で感じて 感じた事を
とても素敵な言葉にしていたのですね
by ねこじたん (2012-04-16 06:54)
しっとりとした良い写真ですね(^^)
by (。・_・。)2k (2012-04-16 21:47)
白い雲・・・あっという間に流れていってしまいました。
本当、儚かったけど、今年も楽しませてもらいました。
息子にも初めての花見をさせようと思って、公園に散歩に行きましたよ!
なんと、信じられないことに、公園に着いたとたんに寝てしまいましたけどね。
by ナナ (2012-04-19 17:05)