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阿修羅 彼方へのまなざし-1- [仏像]

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 もう、十年以上も前のことだったと記憶しています。その日の興福寺・国宝館は、修学旅行シーズンのせいか、少し混んでいました。僕は、他の人の邪魔にならないように、少し離れた位置から阿修羅を観ていました。

 そのとき、中学生くらいの少女が二人、ガラスケースの中に並んでいる仏像たちを順番に見ながらやって来ました。そして阿修羅の前に来ると、その内一人の少女の足が、その場で止まってしまいました。もう一人の少女は、同じペースで次の仏像へと進んで行ってしまいましたが、その少女だけは、阿修羅に魅入られたように、何時までもその場から動こうとしませんでした。
 やがて、傍らに友達がいないことに気づいたもう一人の少女が戻って来て、もう時間がないからと促しても、阿修羅に魅入られた少女は歩き出そうとしません。連れ戻しに来た少女は、仕方なく腕を掴んで、強引に引っ張って行きます。
 少女は、引っ張られながら、それでも阿修羅から目を離そうとしませんでした。
 僕は、その見知らぬ少女を、何故か堪らないほど愛おしく感じながら、後姿を見送りました。 
 「何時かきっと、今度は一人で阿修羅さまに会いにおいで。その時は心行くまで、阿修羅さまと対面出来るといいね」 心の中でそう思いながら、僕はもう少し阿修羅に近づくと、その遠くを見るようなまなざしを、改めて見つめ直しました。

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 僕が、仏像に興味を持ち始めた頃には、若い女性で仏像に関心のある人など、殆どいなかったように思います。
 しかし、最近では新聞の文化面などに、若い女性の仏像ファンが増えているといった内容の記事を見ることも多くなりました。
 実際、博物館の仏像展やお寺での開帳などに出かけて行くと、かなり専門的な会話をしている若いお嬢さんたちを見掛けたりします。

 これには、仏像好きで知られる、タレントのはなさんや、「仏像ガール」の名で活動されている廣瀬郁実さん等の影響が大きいような気もしています。

 先日観た、NHK・BSの仏像を紹介する番組は、有名無名の様々な人が、仏像を訪ねて行くという内容でしたが、その中に、9歳の可愛い女の子が、「仏像ガール」の廣瀬郁実さんと一緒に仏像を訪ねるシーンがありました。
 その可愛い仏像ファンのお嬢さんは、普段仏像の話が出来るのは、やはり仏像好きのお祖父ちゃんとだけで、お友達のお母さん達からも、ちょっと変わった趣味の子と思われているようでした。

 本当は、僕が国宝館で見かけた少女のように、随分昔から仏像に心惹かれている若い女性もきっといたのかも知れません。勿論、興福寺の阿修羅像は別格の存在ではありますが…。
 それでも仏像には、何となく暗くて怖いイメージがあったり、お寺には葬式や墓地を連想させる、陰気さが漂っているせいでしょうか。仏像が好きだなどと言ったら、変な子と思われそうだという、そんな雰囲気もあったのだろうと思います。

 でも、前に名前を挙げた、はなさんや廣瀬郁実さんたちは、その著書を拝見したり、テレビでの他の出演者との対話を耳にしたりする限りでは、最初から仏像に対して、暗いイメージは持たれていないように思います。
 多分、そういう人たちの発信する情報のせいもあるのでしょう。仏像の持つイメージが、少しづつでも、変化して来ているらしいことは、僕には喜ばしいことだと思います。

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 興福寺の阿修羅像は、どこか遠くを見詰めるような、少し悲しげにも見えるまなざしをしています。その表情は、人によって少年と見る人も、少女と見る人もいます。しかし、元来は神様なので、そのどちらでもない、或いはどちらでもある、と言う存在であるのかも知れません。

 今回の「国宝 阿修羅展」の企画の一つである「阿修羅ファンクラブ」の「あなたにとって阿修羅は?」という、阿修羅を男性と見るか・女性と見るかを問うアンケートでは、男性 42% 女性 8% 中性 50%と言う結果が出ていました。
 その結果、中性と見る人が半数を占めています。これもまた、面白い結果だとは思いますが、この答えに就いては、単にどちらなのか判定できない、或いはどちらでもいいと思っている、ということに過ぎないような気もします。
 今回の結果では、少女の姿と見る人は少ないようです。

 実際、インドの神話や、仏典の中に見える阿修羅の物語の荒々しさは、少女を連想させるものではありません。しかし、興福寺の像に限れば、凛とした美少女の姿を連想しても、さほど不自然とは言えないかも知れません。
 その為か、少女の姿の阿修羅を主人公にした小説を書いた作家もいますし、紀行文の中で、興福寺の阿修羅像に触れて、そこに少女の面影を見たことを書いている作家もいます。
 そんな例を、原文を引用して紹介しようと思ったのですが、書きかけて見ると、少し長くなり過ぎたので、次回に見送ることにします。

 今回は、 最後に、前の記事「我が憧れの阿修羅-3-」に書いた「脱活乾漆」に就いて、少しばかり補足をさせて頂きます。

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 前の記事の文章が少し長くなり、煩雑に思った為、敢えて省略した部分ですが、読み返してみると、説明不足にも感じられたので、改めてここに記して置きます。

 一回目の「阿修羅」の記事にも書きましたが、阿修羅像を含む、西金堂諸仏には二十八体もの脱活乾漆像が含まれていた為、その製作には膨大な量の漆を消費しています。
 「漆」は、ウルシ科の一部の樹木から採取される樹脂である為、一本の木からの産出量も限られており、価格的にも大変高価な物です。
 ですから、漆を大量に使用する「脱活乾漆」の仏像を作る為には、大変な財力を必要とすることになります。また、製作の工程が煩雑であることも影響してか、時代が下るにつれ、少なくとも仏像の製作には、この技法は用いられなくなって行きました。実際に「脱活乾漆」の仏像が製作されていたのは、一部の例を除けば主に天平時代の一時期に限られるようです。
 作例としては、東大寺法華堂の「不空羂索観音立像」や、唐招提寺の「鑑真和上像」、秋篠寺の「伎芸天」「」などがあります。この内、東大寺法華堂の「不空羂索観音立像」は、像高が3m以上もある為、麻布を十層程度に張り重ねています(興福寺の「八部衆像」の場合は五層)。また、秋篠寺の「伎芸天」は、頭部のみが造立当時の「脱活乾漆」ですが、体は鎌倉時代の後補で、木像となっています。

 これより後代になると、「木心乾漆」という技法が考案されます。
 これは、仏像の全身を木造で作ります。これに麦漆を用いて麻布を直接貼り、表面を木屎漆で仕上げる方法です。これですと、漆の使用量も少なくて済む訳ですが、やがてこの方法も廃れ、木彫の仏像へと移行して行きました。

 因みに、興福寺の阿修羅像は、細くて華奢な感じのする腕を六本持っていますが、この腕の部分は、本体のように空洞ではなく、「木心乾漆」と同様の技法が取られていると言うことです。

 

参考図書

ちいさいぶつぞう おおきいぶつぞう

ちいさいぶつぞう おおきいぶつぞう

  • 作者: はな
  • 出版社/メーカー: 東京書籍
  • 発売日: 2003/04/22
  • メディア: 単行本

 

仏像の本

仏像の本

  • 作者: 仏像ガール〔本名:廣瀬郁実〕
  • 出版社/メーカー: 山と渓谷社
  • 発売日: 2008/10/27
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 

魅惑の仏像 阿修羅―奈良・興福寺 (めだかの本)

魅惑の仏像 阿修羅―奈良・興福寺 (めだかの本)

  • 作者: 小川 光三
  • 出版社/メーカー: 毎日新聞社
  • 発売日: 2000/11
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

カラー版 日本仏像史

カラー版 日本仏像史

  • 作者: 水野 敬三郎
  • 出版社/メーカー: 美術出版社
  • 発売日: 2001/04
  • メディア: 単行本

 

 


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コメント 5

mimimomo

こんばんは^^
この阿修羅様は、女性に見えますね^^ でもそれこそ、どちらと決めるものでも
ないように思います。 以前書いたかと思いますが、わたくしの昔の友人に
仏像が好きな女性がいました。その当時はやはりちょっと変わった趣味と感じましたよ^^
by mimimomo (2009-03-29 21:23) 

お茶屋

いつもながら・・・勉強になります!
by お茶屋 (2009-03-29 23:06) 

SilverMac

鹿を見るとシンボルキャラを思い出します。
by SilverMac (2009-03-30 09:12) 

lapis

阿修羅を目にした途端、動けなくなった少女の気持ちは、分かるような気がします。
>男性 42% 女性 8% 中性 50%
面白いですね!僕の場合は、『百億の昼と千億の夜』の影響で、少女の阿修羅王のイメージが強いので、予想外の結果でした。
確かに、ニュートラルな状態だったら中性と感じるかもしれないですね。
by lapis (2009-03-30 21:15) 

sakamono

仏像がブームだったとは知りませんでした。ずい分前ですが、みうらじゅんさんが「見仏記」という本を出していたのは覚えています^^;。「凛とした美少女の姿」というのは、なんとなく分かるように思います。
by sakamono (2009-04-05 17:17) 

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