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お茶の花・子犬・京都の古寺 [歴史・伝説]

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   チャ  茶   ツバキ科   ツバキ属

庭の片隅に植えられた、小さなお茶の木に、可憐な白い花が咲いています。

お茶の花は、とても小さいのですが、椿の仲間なので、その花は椿や山茶花にもよく似ています。

お茶の花を見ていたら、この花から連想する様々な人やものが、心に浮かんで来ました。
その内にやがて、家にいる子犬のことを、不意に思い出しました。

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子犬と云っても、本物の犬ではありません。
捏ねた土を焼いて作られた、置物の子犬です。

これを手に入れたのは、2001年10月6日。京都の西にあるお寺の売店でのことです。

この犬の置物は、云わばレプリカで、元になった木彫りの犬の像が、そのお寺に保管されています。
その木彫りの子犬は、鎌倉時代にその寺の住持を務めていたお坊さんが、本物の犬のように可愛がっていたと伝えられています。

僕は、その置物を見るなり欲しくなってしまいました。
そして、この後で山の中のお寺を、まだ二か所訪ねる予定でしたが、こんな壊れやすい焼き物を持って歩くことの大変さも顧みず、即座に買い求めてしまいました。

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買い求めた子犬の置物を、大切にバッグに仕舞うと、僕はお寺の境内へと出て行きました。

その境内には、数々の大木が生い茂り、鬱蒼とした森のような雰囲気があります。

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境内を歩いて行くと、やがて例の子犬の木彫を大切にしていたという、僕の大好きなそのお坊さんのお墓に辿り着きました。
緩やかな石段を登ると、そこから先は立ち入れない為、僕は柵の前で手を合わせて、初めて訪ねて来た挨拶をしました。

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そして、登って来た石段をゆっくりと降りて行くと、観光に訪れたと思われる、六十代位のご夫婦が、こちらに向かってやって来るところに出合いました。
そのご主人の方が、先に石段を登り始めながら、立てられていた案内板を見て、後ろから来る奥さんに向かって声を掛けます。
「おおい。めいけい上人のお墓だってさ」
「あら、本当にそう読むの?出鱈目な読み方をしたらいけないわよ」
「だって、そう書いてあるぞ」
僕は、そのご夫婦の会話が可笑しくて、思わず笑ってしまいそうになるのを堪えながら言いました。
「この方は、明恵上人(みょうえしょうにん)と、仰るのですよ」
「あっ、そうなんですか。ありがとうございます。おい、明恵上人(みょうえしょうにん)だってさ」
「ほら、ごらんなさい。いい加減な事ばかり言って」
奥さんは、石段の下に立ったまま、ご主人を窘めるように言って、僕に向かって、笑顔を見せながら軽く会釈をしました。
その後、そのご夫婦と二言三言の会話をした記憶はあるのですが、何を話したのかは、七年も以前のことでもあり、既に記憶の彼方のことになってしまいました。

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2001年10月6日に、僕が初めて訪れた京都の古寺の名は『栂尾山 高山寺』(とがのおさん こうざんじ)と言います。

そして、先ほどの廟所に眠っている「明恵上人」は、日本の歴史上の人物の中でも、僕にとっては特に好きな人物の一人です。

殊に、仏教僧に限って言えば、真言宗を起こした空海・日本における曹洞宗の開祖である道元と並んで、好きな人物のベストスリーに入ります。
しかし、道元と空海は、時に順不同となりますが、常に一番好きなお坊さんは、明恵なのです。

明恵は鎌倉時代の華厳宗の僧です。

紀伊の国(和歌山)で、平家方の武士の子として生まれた明恵は、八歳の頃に両親を失い、十六歳の時に、母方の叔父である、高雄の神護寺(真言宗)の上覚に師事し、東大寺(華厳宗)の戒壇院で受戒して、僧となりました。

僧となった明恵は、懸命に仏道修行に励みましたが、それは仏法を好みそれに帰依するというよりも、ただひたすらに仏教の開祖である「釈迦」そのものに憧れを抱き続けた為でした。
その為、生涯に何度か、入唐渡天(にっとうとてん:中国へ入国して、そこからインドへ渡ること)を企て、釈迦の遺跡を訪ねることを試みています。しかし、その都度様々な障害を受けて断念したと言うことです。

後には、後鳥羽上皇の命を受けて、高山寺を華厳宗の道場として再興していますが、明恵は宗派などに捕らわれることなく、密教や禅をも学んでいます。

そのうちの禅は、鎌倉初期に中国へ渡り、日本に臨済宗を伝えた栄西(「えいさい」・又は「ようさい」)に学んだといいます。

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   チャ  茶 (果実) ツバキ科   ツバキ属

さて、ここでまた最初に出て来た『お茶』の話に戻ることにします。

お茶は、中国が原産ですが、既に平安時代には日本に入って来ていました。
しかし、その当時は一部の知識人の間でのみ珍重されたようですが、実質的には儀礼的な用い方がされただけで、飲料としては定着しませんでした。

事実上、飲み物として利用されるようになったのは、鎌倉時代に、禅僧の栄西が中国から持ち帰ってからとされています。

そして、その苗木を譲り受けて、お茶の栽培を広めた人物が、栄西に禅を学んだ明恵上人であったといいます。

明恵は、栄西から譲り受けた茶を高山寺のあった栂尾(とがのう)で栽培しました。その栂尾産の茶は中世には「本茶」と呼ばれ大変珍重されたと言います。

また、栂尾の茶は、後に明恵自身の手によって宇治に伝えられたとされており、現在でも宇治では、明恵を茶の祖としているということです。

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僕が、何故「明恵上人」に心惹かれるのか、それは僕自身よく解りません。

明恵上人は、弱い者や小さな生き物には、限りないほどの優しさを見せますが、決して権力にはおもねることはなく、また時に激越なまでに激しい行動を取る人でもあったようです。
僕は、明恵の持つその激しさと、何事にも捕われまいとする心の在り方に、強い憧れを感じているのかも知れません。
しかし、多分それは、僕がどうやっても辿り着けない生き方のためのような気もします。

 

ところで、本当は、今回の記事で僕が書くつもりだったのは、『春日竜神』という明恵上人が登場する能の物語でした。
また、その他にも明恵が生涯にわたって記録し続けたという、『夢』に関することにも触れてみたいと思っていました。

しかし、今回の記事は、何だかとりとめもなく「茶」に関する事や、高山寺を訪ねた時の話で終わってしまいました。ですから、近いうちには『春日竜神』や『夢記』のことを記事にしたいと思っています。

 

 

参考図書

明恵上人伝記 (1980年) (講談社学術文庫)

明恵上人伝記 (1980年) (講談社学術文庫)

  • 作者: 平泉 洸
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1980/11
  • メディア: -

明恵上人集 (岩波文庫)

明恵上人集 (岩波文庫)

  • 作者: 久保田 淳
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2002/07/09
  • メディア: 文庫

明恵上人

明恵上人

  • 作者: 白洲 正子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1999/11
  • メディア: 単行本
明恵 夢を生きる (講談社プラスアルファ文庫)

明恵 夢を生きる (講談社プラスアルファ文庫)

  • 作者: 河合 隼雄
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1995/10
  • メディア: 文庫

世界大百科事典 第2版 プロフェッショナル版―CD-ROM+DVD-ROM

世界大百科事典 第2版 プロフェッショナル版―CD-ROM+DVD-ROM

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 1998/10
  • メディア: 単行本

 


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コメント 11

お茶屋

可憐な白い花☆
すばらしいですね♪
とってもすばらしい記事にnice!です^○^
by お茶屋 (2008-11-13 23:09) 

mimimomo

おはようございます^^
明恵上人はお茶を勉強したものにとっては、その意味で有名人です^^
栄西上人は福岡の蓮池近くにあるお寺にお茶の木を植え、それが栂ノ尾へ持ち込まれたのですよね~
若かりし頃学んだことを懐かしく思い出しました~^^
by mimimomo (2008-11-14 05:41) 

sakamono

お茶は椿の仲間だったのですか。なるほど、言われてみれば似ているような気がします。犬の置物のちょっとトボけた表情が、なんとも良いなぁ、と思いました。元々の木彫りの犬もこんな顔をしているのでしょうか。センスがあるなぁ^^。
by sakamono (2008-11-14 08:33) 

SilverMac

我が家にもお茶の木か一本あります。
by SilverMac (2008-11-14 09:01) 

春分

またalbireoさんらしい、いいお話ですね。
高僧はそれぞれに面白いのでしょうけど、もの知らずの門徒の家のものなので
本当はよくわかってないです。
犬はどこか3代目AIBOに似ているような、あるいは「雨の日のころわん」のような。
by 春分 (2008-11-14 19:14) 

あやこ

お茶と椿が同じだとは思っていませんでしたっ!
白いお花が可憐ですね!!
by あやこ (2008-11-14 19:25) 

lapis

タイトルとお茶の花の写真では分からなかったのですが、
子犬の写真を見てやっと明恵上人のお話だと気がつきました。
家も春分さん同様、浄土真宗なのですが、
明恵上人は日本史上最も興味のある人物の一人です。
僕は、澁澤龍彦のエッセーで、『夢の記』のことを知って以来、興味を持つようになりました。
過去記事をTBさせていただきますので、よろしくお願いいたします。
by lapis (2008-11-14 21:54) 

gillman

お茶って、やっぱり椿の仲間ですね、葉っぱも花も外見はそっくり。
まん丸のかわいい犬ですね。

by gillman (2008-11-14 22:11) 

sanesasi

とてもいいおはなし引き込まれました
明恵上人のお話 懐かしく
「あるべきやうは」 を作品にしたのは もう3年以上経っておりました
その時にも 色々と教えていただいたような気がいたします

by sanesasi (2008-11-15 14:24) 

penpen

かわいい子犬ですね。私も見つけたら買ってしまいそうです。
高山寺へはまだ行ったことがありません。
こういうお話を伺うと、行ってみたくなってきました。
by penpen (2008-11-16 22:18) 

ichii

お茶が禅僧と繋がるとは知りませんでした。
明恵上人、とても有名で魅力的な方なのですね。
普段身近でお茶の木を見ることがないので、
写真とはいえ、こんな詳しく見たのは初めてです。
最初はすっかり、山茶花か椿だと思ってて、
お茶だと知り驚きです。
何とも可憐なはなですね。

by ichii (2008-11-16 23:49) 

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