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夜光の杯 <エノテラ> [詩・歌]

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  エノテラ   和名:ヒルザキツキミソウ     アカバナ科  マツヨイグサ属

空地の脇の、歩道沿いに咲いていたエノテラ。

透過する光に、花びらがより美しく輝くようなアングルを探しながら、カメラのファインダー越しに見ていたら、何だかこの花の姿が、美しいクリスタルガラスで作られた、ワイングラスか、リキュール用のグラスのように見えて来たのです。

その時不意に、ある漢詩の一節が、僕の脳裏をよぎりました。

   葡萄美酒(ぶどうのびしゅ) 夜光杯(やこうのさかずき)


それは、中国の唐の時代に書かれた詩を集めて、明の時代に編纂されたと言われる、『唐詩選』の中の「涼州詞(りょうしゅうし)」と題された詩の冒頭の一節です。

『夜光杯(やこうはい)』と言うのは、中国産の「玉(ぎょく)」で作られた杯を指すらしいのですが、ガラス製の杯のことを、そう呼ぶ場合もあるようです。

この詩では、西域から齎(もたら)された、美しいガラス器を指すような気がします。

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  葡萄美酒夜光杯

  欲飲琵琶馬上催

  酔臥沙場君莫笑

  古來征戦幾人回

    王翰 涼州詞

 

               葡萄の美酒 夜光の杯

               飲まんと欲(す)れば 琵琶(びわ)馬上に催(うなが)す

               酔うて沙場(さじょう)に臥(ふ)す 君笑うこと莫(な)かれ

               古来 征戦(せいせん) 幾人か回(かえ)る

                    王翰(おうかん)   涼州詞(りょうしゅうし)

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     きらめく夜光杯に

     葡萄の美酒を満たし

     飲もうと杯を上げれば

     馬上に奏でる琵琶の

     艶やかな調べの楽音が

     酒を勧めるように歌う


     この酒に酔い痴れて

     砂の上に倒れ伏す僕を

     君よどうぞ笑わないでおくれ

     昔から戦(いくさ)に駆り出されて

     無事に家郷に帰れた者など

     数える程しかいないのだから

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「涼州詞(りょうしゅうし)」と題された詩は、西域から伝わった音楽に合わせて、歌うために作られた、歌詞だったということです。

  「葡萄の美酒」「夜光の杯」「琵琶」・・・。
西域から齎された、きらびやかな文物が織り込まれたこの詩は、「唐詩選」の中でも、屈指の名作の一つとして、高く評価する学者もいます。

けれど、改めてこの詩を読んでみると、自ら望んだ訳でもなく、戦争に駆り出されて行く一兵士の切ない思いを詠みこんだ詩でもあることに、僕は今更のよう気が付きました。

それは、より強い思想性をもった「反戦」の詩ではなく、戦争の中で疲弊して行く人々の心に、もっと深く根ざした「厭戦(えんせん)」の思いを詠みこんだ詩であるように、僕には感じられます。

一たび戦争が起これば、戦いに駆り出されるのも、敵襲を受けてまっ先に住処を失うのも、常に一般の庶民であることは、時代を経ても変わることはありませんから…。

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エノテラは、元来は園芸品種として、南米から移入された植物です。

その花期は、意外なほどに長く、五月頃から咲き始め、九月も半ばの今も咲いています。

今回の記事の写真は、最後の一枚を除いて、5月中旬に撮ったものばかりです。

そのころから、徐々に仕事が忙しくなり始め、ブログの更新も滞ってしまった為、記事としての掲載は諦めかけていました。
でも先日、今回の写真を撮ったのとは別の場所で、沢山の花を咲かせているエノテラの姿を見て、まだ遅くはないと思い直して、記事にすることにしました。

但し、花はどれも、最盛期の頃に比べると、随分小振りになっています。

それは、ナガミヒナゲシなどにはよく見られることですが、気象状況などにより、大きく成長出来ないような状態にあっても、その条件に見あった小さめの花を咲かせ、確実に種を付けて子孫を残そうとする、植物ならではの生き残りの戦略ではないかと思います。

因みに、この花は普通「ヒルザキツキミソウ」の名で呼ばれていると思います。
でも僕は、下に参考図書として挙げた、ヤマケイポケットガイドの「庭の花」で、先ず「エノテラ」と覚えてしまったので、どうしてもそう呼んでしまいます。
また、「昼咲き」と「月見草」と言う、矛盾した言葉の組み合わせも、僕が「エノテラ」と呼んでしまう理由の一つのような気もします。
まあ、取り敢えずは、どちらの名前でも構いませんが。

参考図書

唐詩選〈下〉 (岩波文庫)

唐詩選〈下〉 (岩波文庫)

  • 作者: 前野 直彬
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2000/10
  • メディア: 文庫

唐詩選 (新書漢文大系)

唐詩選 (新書漢文大系)

  • 作者: 目加田 誠
  • 出版社/メーカー: 明治書院
  • 発売日: 2002/07
  • メディア: 新書

庭の花 (ヤマケイポケットガイド)

庭の花 (ヤマケイポケットガイド)

  • 作者: 鈴木 庸夫
  • 出版社/メーカー: 山と溪谷社
  • 発売日: 2000/02
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



日本帰化植物写真図鑑―Plant invader600種

日本帰化植物写真図鑑―Plant invader600種

  • 作者: 清水 矩宏
  • 出版社/メーカー: 全国農村教育協会
  • 発売日: 2001/07
  • メディア: 単行本


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コメント 10

ichii

『エノテラ』不思議な響きの言葉ですね。南米の先住民の言葉とかなんでしょうか?
日本語とは結びつきません。
でも、道端に咲いてるこの花、桔梗のように見えて、否、薄く繊細な花びらは可憐で、ステキな花だなあと思っていました。
『エノテラ』…エノデン…カンテラ…カフェラテ…似てる…いやいや違う、。
by ichii (2008-09-13 22:17) 

春分

漢詩はいいですね。あれ?唐詩か。
元二松学舎大学学長の石川忠久さんの朗読のイメージで読みました。
NHK第2放送の「漢詩への誘い」はときどき聴いてましたので。
最初の写真は本当に乳白の硝子の杯を思わせますね。
by 春分 (2008-09-14 08:10) 

sakamono

冒頭、ため息が出そうなほど美しい写真です。「エノテラ」という言葉の響きも美しい。「厭戦」の思い、という詩の雰囲気も、なんとなく分かるような気がします。
by sakamono (2008-09-14 13:06) 

lapis

1枚目は、まさに「夜光杯」のように美しいですね!
このようなグラスに葡萄酒を注ぎ、味わってみたいものです。
岩波文庫の『唐詩選』は、僕も持っています。
通して読む気力はありませんので、たまに気の向いたときパラパラとめくります。

by lapis (2008-09-14 19:54) 

sanesasi

美しくって ため息がでてきました 
漢詩もお勉強しなければ 

先日吹筆会で先生が ぼくより少し上の人たちは戦争でなくなっている人がいる運よく今生きている幸せは
「日本が世界に誇る唯一の寶は憲法九條なるべし」と 書状にされて 箱に入れてありました 
by sanesasi (2008-09-15 14:23) 

penpen

エノテラという名前もあったのですね。一枚目のお写真にピッタリな感じがしました。
私はリュウキュウツキミソウと初めに覚えてしまいました。
この漢詩どこかで見覚えが、と思い調べてみたら前に中国の陽関というところでこの詩が刻まれた石碑を見ました。
by penpen (2008-09-15 21:11) 

mimimomo

こんにちは^^
ご訪問遅くなってしまって、申し訳ありません。
いつもヒルザキツキミソウと呼んでいます。
エノテラといわれ、このお写真を見せていただくと、まるで違ったお花のようです。
お花と言うより繊細なグラス・・・仰るとおりだと思います。

この詩の中の『君笑うことなかれ・・・』と言う部分だけ、子供のころから覚えていました。
きっと兄弟の誰かが言っていたのを口移しのように覚えたのでしょうね^^
こんなちょっと悲しい気分の詩の一節だなんて今まで知りませんでした。
by mimimomo (2008-09-16 15:50) 

あやこ

花びらが光をはなっているような感じですね!
by あやこ (2008-09-16 20:48) 

koyuri

私も一枚目の写真は、すりガラスみたいに見えました。
姿だけでなく、名前も神話に出てくる女神みたいな名前で神秘的ですね~。
by koyuri (2008-09-19 00:45) 

じゅん

この花がエノテラというのですか
我が家の門扉の脇の石の間からぷあぷあと咲いていて
可憐な雑草だと思っていましたが、ちゃんと名前があるのですね。
夜光の杯とはなんと素敵なんでしょう。
albireoさんのblogでいつも庭の花の名を知ることが出来ます。
以前の記事のツルハナナスと言う名前も知りました。
母が玄関の所に絡ませている花で、母が気に入っていました。
by じゅん (2008-09-23 17:35) 

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