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永遠の青 <ラピスラズリ> [石・鉱物]

    さめざめとひかりゆすれる樹の列を
    ただしくうつすことをあやしみ
    やがてはそれがおのづから研かれた
    天の瑠璃の地面と知ってこゝろわななき
    紐になってながれるそらの楽音

              宮沢賢治 『青森挽歌』
                      「心象スケッチ 春と修羅」 所収

                  ラピスラズリ  瑠璃  青金石   珪酸塩鉱物

「人類に認知され、利用された鉱物として、ラピス-ラズリはおそらく最古のものの一つである」
                    「楽しい鉱物図鑑」堀 秀道 著 草思社 刊


『ラピスラズリ』は、群青色の美しい石です。
その語源は、「ラピス」がラテン語で「石」を、「ラズリ」はペルシア語で「青」を意味する言葉を、合わせたものです。
つまり、見た通りの「青い石」という名前です。

僕は、随分昔に、シルクロードの石窟寺院の写真展で、その壁画に使われている青の顔料は、『ラピスラズリ』を砕いて粉末にした物だと知って、この石に心を惹かれてしまいました。

この写真は、別のシルクロード展の、ミュージアム・ショップにあった、壁画の断片のレプリカですが、このような壁画に、青の顔料として『ラピスラズリ』が多用されていたということです。

また、ヨーロッパの絵画においても、青の絵の具として、微細に砕かれた『ラピスラズリ』が利用されています。
この『ラピスラズリ』から作られた絵具の色は、「ウルトラマリン」と呼ばれていますが、現在は化学的に合成されたものが多いようです。

鉱物図鑑等には、『ラピスラズリ』を一つの鉱物ではなく、数種類の鉱物の混合物としているのものがあります。
しかし、上に引用した「楽しい鉱物図鑑」という本の中に、著者の 堀 秀道 さんは
「ラピスは混合物であるという俗説もあるが、そうであれば、結晶ができるはずがない」と書かれています。
(この「楽しい鉱物図鑑」は、書名を見ると、子供向けの図鑑のようですが、中身はかなりレベルの高い内容の本です)

混合物であるとすれば、『ラピスラズリ』自体が鉱物ではなく、岩石の一種になってしまいます。
僕は、それでは納得が行かないので、堀さんの説に従うことにします。

 

『ラピスラズリ』は、採掘される地域が限定されていて、中でもアフガニスタン産のものが、もっとも良質とされています。

アフガニスタン産の『ラピスラズリ』には、金色の粒が含まれることがあります。
「これは金である」という俗説があり、特に、石を霊力のあるものと考えるパワー・ストーン系の本などには、そう書かれていたりすることがありますが、これは完全な誤りで、「黄鉄鉱」の粒であるに過ぎません。
しかし、黄鉄鉱が含まれていることで、宝飾品としての価値は高くなるということです。

日本では、鉱物名としては『青金石』と呼ばれていますが、それは、この黄鉄鉱が、金色に輝いて見える様子から名付けられたようです。

上の写真は、最初の標本を拡大して撮ったもので、黄色っぽく見える部分が、黄鉄鉱です。白い部分は、方解石等の共生鉱物ですが、この白い部分が多いと、黄鉄鉱の場合と異なり、宝飾品や工芸品用としては、価値が下がってしまいます。

『ラピスラズリ』は、古代のエジプトでも、様々な装飾品として利用されていて、ラピスラズリ製の「スカラベ」等も発掘されています。

この写真は、かなり以前の「エジプト展」で買って来た「スカラベ」のペンダントヘッドです。
勿論、ごく小さく安いものです。
でも、ペンダントとして使ってはおらず、他の小石と一緒に、棚に置いてあります。

「スカラベ」は、動物の糞を転がして丸め、そこに卵を産み付けます。
その為、「タマオシコガネ」とか「フンコロガシ」とも呼ばれる、コガネムシの仲間です。
子供の頃、ファーブルに憧れていた僕にとっては、「ファーブル昆虫記」にも書かれていた、とても魅力的な昆虫なのです。

古代エジプトでは、この昆虫が糞の玉を転がす姿を、太陽の運行と重ね合わせ、「創造」と「再生」のシンボルとして、神聖な昆虫と考えていました。
その為、「スカラベ」を造形化した装飾品が数多く作られていました。
また、エジプトで出土する「スカラベ」の装飾品は、『ラピスラズリ』だけではなく、陶器などの他の素材でも数多く作られています。

 

                                                                       ルリビタキ    スズメ目 ツグミ科

ラピスラズリの色は、古来から『瑠璃色(るりいろ)』と呼ばれ、日本でも親しまれてきました。
その為、輝くような深い青の色を持った花や鳥には、『瑠璃』の名を冠した例がいくつも見られます。
上の写真の鳥も、その一つで『ルリビタキ』と名付けられています。

この『瑠璃』という言葉は、漢訳仏典に由来しています。
元の言葉は、インドのサンスクリット語で「バイドゥーリヤ」と呼びますが、その俗語形の「ベールーリヤ」を「吠瑠璃(べいるり)」と音訳したものが、「瑠璃」となったとされています。

尚、「吠瑠璃」には、「吠える」という文字が使われていますが、これは音を用いただけで、あまり意味は無いようです。

仏教の経典には、「金・銀・瑠璃・・・」と、高貴な宝物の一つとして『瑠璃』が度々登場して来ます。
ただ、実を言うと、仏典に描かれる宝物の名が、現在のどの宝石を指しているのか、はっきりしない部分があるようです。

また、中国の古い本には、「吠瑠璃(べいるり)は、須弥山(しゅみせん)に有って、火にも焼けず、金(金属)でも、破れない」と、書いてある本もありますが、モース硬度5.5とされるラピスラズリとは、一致しません・・・。しかし、「須弥山」自体が架空の山ですから、ラピスラズリが採掘されない中国では、その実態はよく解っていなかったという事なのだと思います。

しかし、この『瑠璃』は、現在では、恐らくは『ラピスラズリ』を指すものであろうと考えられています。
但し、『瑠璃』という名前は、「青色ガラス」を指す場合もあり、博物館等の展示品を見学する場合には、注意が必要です。

 

奈良の「薬師寺」には、本尊として「薬師如来」がまつられています。

この「薬師如来」は、本来は「薬師瑠璃光如来」(サンスクリット語では、バイシャジャ・グル・バイドゥーリヤ)と呼ばれ、「東方浄瑠璃世界」つまり、瑠璃色の浄土に住む仏とされています。それは、瑠璃色に輝く平和で美しい、理想の世界なのかも知れません。

仏教が生まれたインドは、現在のパキスタンを挟んで、『ラピスラズリ』を産出するアフガニスタンとも、決して遠くはありませんから、この美しい青い石の名が、仏教の経典に書かれていたとしても不思議は無いと思います。

この美しい石の埋まっているアフガニスタンの土地の上では、悲しいことに、いまだにタリバンやアルカイダたちのテロが続き、争いが繰り返され、多くの人々、特に子供たちが辛い生活を強いられています。その現実を思うとき、本当に平和で美しい、瑠璃色の世界が、ただの理想の世界に終わることなく、一日も早く現実となってくれることを、心の底から願わずにはいられません。

 

   参考文献
     楽しい鉱物図鑑        堀 秀道     草思社 
     フィールド版 鉱物図鑑   松原 聰      丸善
     宮沢賢治 宝石の図誌    板谷栄城    平凡社
     世界美術大事典                 小学館
     世界大百科事典                 平凡社
     スーパーニッポニカ                小学館
     大漢和辞典                 諸橋轍次     大修館

 


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はてみ

ラピスラズリって姿も名前も綺麗な石だと思っていましたが、こんな記事を拝読するとなおさら魅力を感じますね。albireoさんに感謝、です。
1枚目はalbireoさんがお描きになったのでしょうか、宇宙?
by はてみ (2006-03-14 01:31) 

albireo

◇はてみさん ありがとうございます。
僕も、ラピスラズリの青の美しさに惹かれ、色々と調べてみました。
一枚目は、表計算ソフトのエクセルで、宇宙をイメージして作ったものです。
僕のHPにも、載せてありますので、宜しければご覧下さい。
http://www015.upp.so-net.ne.jp/albireo/chiyogami-01.html
by albireo (2006-03-14 01:54) 

おはようございます。
鉱石は、実父の専門でしたが、宝石には縁がないですね^^
全く分かりません。
でも瑠璃色って好きです。陶芸にも釉薬に『瑠璃』ってありまして、深い青です。
by (2006-03-14 04:55) 

いつもとはまた違った、神秘的な世界を楽しませていただきました。
「瑠璃色」・・・今まで、どうしても感じきれなかった色です。
でも、今日は、ようやく、染み込むように感じとれました。
愛すべき色です。
by (2006-03-14 05:34) 

sakamono

これがラピスラズリ。それと、ラピスラズリにまつわるお話と...非常におもしろく読みました。
ルリビタキの青はホントに瑠璃色なんですね...
by sakamono (2006-03-14 07:18) 

YAYA

瑠璃色には吸い込まれるような奥深さを感じていました。
由来を読ませてもらって、いろんなことが分かりおもしろかったです。
『ラピスラズリ』 この石にはいろんな思いが詰まっているんですね!
by YAYA (2006-03-14 07:31) 

あやこ

ラピスラズリ 好きな石なのです!
とても古より装飾品とされてきた石なのですね!
by あやこ (2006-03-14 07:59) 

mippimama

瑠璃色の石.ラピスラズリ.とっても神秘的で綺麗な石ですね〜
ルリビタキ の青も美しい〜
お話興味深く読ませて頂きました。ありがとう♪
by mippimama (2006-03-14 08:31) 

Silvermac

「瑠璃」、「瑠璃色」について興味深いお話、面白かったですよ。
by Silvermac (2006-03-14 10:09) 

はるまきママ

ラピスラズリと瑠璃は繋がっているんですね。
どちらも好きな石、好きな色なのでとても興味深いお話でした。^^
私も瑠璃色の世界が実現出来るよう願ってやみません。
by はるまきママ (2006-03-14 11:18) 

宝石よりも原石が好きです。
音の響きから勝手に、ラピスとLove Peaceを連想させていましたが、
瑠璃色の浄土の話からも、不思議なつながり。
Love Peace^_^
by (2006-03-14 13:27) 

m-tamago

瑠璃色、美しいですね。私も心惹かれる色です。
詳しい考察に読み入ってしまいました。さすがです。
昔からこの色は世界各国の人々の心を捉えて離さなかったのですね。人間ってひとつなんだなと思いました。それなのに、戦争。悲しいことです。
by m-tamago (2006-03-14 18:59) 

Runa

永遠の青 ラピスラズリ 本当に 美しいですね。
思わず 魅入ってしまいました。
瑠璃色に輝く平和で美しい理想の世界 そんな世界を願っています。
とても素敵なお話でした。
by Runa (2006-03-14 21:35) 

瑠璃色に惹かれます。
ルリビタキ、サワフタギの瑠璃色の実などなど、すばらしい色ですね。
by (2006-03-14 23:07) 

tan-daily_blog_nature

瑠璃色のものって結構あったんですね。
青色で終わらせていたものがあったかもしれません・・・
また一つ、視野が広がりました!!
by tan-daily_blog_nature (2006-03-14 23:45) 

大変、面白く拝読させていただきました。
>仏典に描かれる宝物の名が、現在のどの宝石を指しているのか、はっきりしない部分があるようです。

僕は、根が単純なので、そのようなことは考えたこともありませんでした。でも、確かに言われてみれば当たり前のことだと思います。賢治も教典に出てくる宝石を沢山使っていますが、賢治はこのことを知っていたのでしょうか?なかなか面白い問題だと思います。

瑠璃&賢治つながりということで、過去記事をTBさせていただきますので、よろしくお願いいたします。
by (2006-03-15 00:22) 

Baldhead1010

青と緑、これが一番身近な色で、だから人間はその色に憧れるのでしょうか。
by Baldhead1010 (2006-03-15 11:05) 

吸い込まれそうな青ですね。
宮沢賢治さんの詩にもとても惹かれました。
そしてルリビタキの瑠璃色の美しいこと!
青色って、心の中まで見透かされているようでドキッとします。
by (2006-03-15 12:52) 

barbie

長らくご無沙汰をしておりました。ソネットもついに雪解けでしょうか。ラピスラズリはきれいだし、大好きな石の一つですが、なかなか名前が覚えられません。「ラピス・・・」はて何だったけ(^^ albireoさんの写真のビタキもそうですが、蝶などでも鮮やかな色のものがあり、まさに天然の宝石って感じがします。
by barbie (2006-03-15 13:17) 

さねさし

1枚目にまず目を奪われ お話に引き込まれ 久しぶりに 感動いたしました とにかく albireo さまならではのすごさをまたまた 知らされました ほんとに素晴らしいです
by さねさし (2006-03-15 13:34) 

Gotton Factory

ラピスラズリって深くて綺麗な色ですね。
エクセルであの絵が描けるんですね。すごく不思議です。
by Gotton Factory (2006-03-15 15:34) 

shareki

瑠璃、文字も語感も神秘的な感じがします。
by shareki (2006-03-15 22:34) 

smottty

すっかり読み込んでしまいました。
ラピスラズリには不思議な力が宿るということで、大学受験の時には
お守りとして持っていました。
瑠璃とラピスラズリが同じものだなんて、ホントに神秘的ですね。
by smottty (2006-03-15 23:12) 

一枚目の画像、すごく美しいです。
私は、瑠璃色の言葉の感じが好きで、ラピスの和名が「瑠璃」というのを知ってから特にあの深い青い色が好きになりました。
何年か前に一目ぼれした、ラピスのリングがあって、「自分で」自分にプレゼントしてしまいました~。
今回のお話は、とっても興味深かったです。
by (2006-03-16 00:17) 

春分

須弥山の「金・銀・瑠璃」。アトランティスの「金・銀・オリハルコン」を連想しました。絵の具の色は知っていましたが、黄鉄鉱が混じるのは知りませんでした。
黄鉄鉱は「愚者の金」ですね。連想の輪が尽きません。
by 春分 (2006-03-16 12:27) 

じゅん

ラピスラズリ、以前から興味があったのですが、大変勉強になりました。
他の宝石と違って霊力などという言葉すら似合いそうな石です。
謎や逸話が多くて、面白い石ですね。
ルリビタキ、本当に綺麗な鳥ですね、幸福の青い鳥のことでしょうか。
by じゅん (2006-03-16 17:17) 

penpen

一枚目にハッとしました。綺麗ですね。ラピスラズリは綺麗な石なのですね。ルリビタキも同じ色。 瑠璃色は引き寄せられる色ですがこの色だったのですね。 この間ルリタテハを見つけた時一日幸せな気分でした。
by penpen (2006-03-16 22:17) 

じゅんぺい

長男が突然“鉱物”に興味を持ち出したんです。
まるで虫の図鑑でも見るように図書館から借りてきた鉱物の図鑑を
毎日毎日眺め、ダイヤモンドの原石を掘りに南アフリカに行くと
言っています(爆)
“ラピスラズリ”とっても綺麗な色ですね!!こどもは知っているかな?
聞いてみます(^-^)
by じゅんぺい (2006-03-21 05:54) 

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