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野の仏 そのニ 子安観音 [石仏]

     

子安観音(十五夜本尊)
 茨城県 龍ヶ崎市
 寛政5年 1793年 212年前
  月待信仰の十五夜講での守り本尊

江戸時代には、十三夜から二十三夜までの、月への信仰が盛んに
行われていました。
これは、「月待(つきまち)」と呼ばれ、現在は十五夜だけが、
残っています。
月待は、講と呼ばれる仲間ごとに集まり、本尊に供え物をしたり、
飲食を共にしたりして、一夜を過ごしたということです。

子安観音は、十五夜の本尊として、出産や育児の祈願のため、女性
たちに信仰されていました。
この石仏は、二十三人の女性によって、建てられたことが、台座に
刻まれています。
おそらく、講による集まりによって、日頃のストレスを解消したり、
出産や育児の悩みを、語りあっていたのかもしれません。

 


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コメント 8

あやこ

江戸時代の方がゆとりがあり風流があったような感じがしますよね。。。
現代の方が生活は豊かで便利になったかもしれないですが、殺伐としてますよね。。。(ーー;
by あやこ (2005-02-22 08:20) 

Arcadia

あやこさんのコメントに賛成!
ひとつの要因として、情報化社会があると思います。
知らなくていいことを知りすぎた、自分の世界を広げすぎた、ということがあるように思えるのです。
まぁ、知らないことも問題なのは間違いないのですが・・・。
なんだかみんなイライラしてるみたい。
のんびり落ち着く時間も必要でしょうね。
じっと立つ野仏のように。
by Arcadia (2005-02-22 11:17) 

albireo

あやこさん。いつも、ありがとうございます。
江戸時代は、封建制という枷はありますが、もっとゆったりと他人への
気遣いを忘れずに、人が生きていた時代だという気がします。

Arcadia さん。いつも、ありがとうございます。
私も、イライラしたり、怒ったりしないようにしなければ、と思っていますが、
街で人を押し退けて歩くような人を見ると、つい腹立たしい気分になって
しまったりします。気を付けないと・・・。
by albireo (2005-02-22 12:01) 

kazutoku

ご訪問ありがとうございました。
私も遊びにまいりました。この子安観音はとてもよく撮れていますね。
私の目には観音様が浮き上がって見えます。
by kazutoku (2005-02-22 20:54) 

200年前ですか。
想像出来ないですね。
200年後はどうなっているのでしょうか。
by (2005-02-22 21:56) 

albireo

kazutoku さん。ありがとうございます。
チューリップのいい写真、見せて頂きました。
元々、年号や形状を記録して置きたくて、正面から撮っているので、解かり
にくいのですが、こうした石仏は、結構深い浮き彫りになっています。

tanaka-ma3さん。ありがとうございます。
200年・・・。その時の重さに惹かれて、興味を持ち続けています。
石の種類にもよるのでしょうが、もっと新しいものでも、風化の顕著な場合が
あります。どれだけ、時の流れに耐えられるのでしょうか。ただ、まだ誰か供
養する人がある場合はいいのですが、誰も見向きもせず、倒れたり、割れたりして、失われていく石仏が多いのも事実のようです。
by albireo (2005-02-23 18:07) 

dino-tail

こんにちは、先日はコメントいただきありがとうございました。
早速お邪魔させていただきました。
みんな美しく澄んだ心のレンズを通して切り取られた画像ばかりで、
自分の心も澄み渡る思いがして感動しました。
その中でもこの石仏には特別に惹かれました。
またお邪魔させてくださいね。
by dino-tail (2005-02-24 19:40) 

albireo

dino-tail さん。ありがとうございます。
そんな風に仰られると、恥ずかしくなります。
明日また、石仏の写真を使う予定でいたところです。
よろしかったら、またご覧下さい。
by albireo (2005-02-24 20:07) 

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